入居中に感じた“恐怖”
さきほども記したように、“不便”ではあるものの“不満”を抱いたことはない中銀カプセルタワービルでの暮らし。しかし、唯一“恐怖”を感じたものがあります。“台風”です。これは本当に怖かった……。
ダイレクトに風を受けて、一つひとつ独立したカプセルそれ自体が揺れるので、「このまま取れてしまったらどうなるんだ!?」と……。
もちろん「カプセルそのものが脱落するなんてありえないだろう」と頭では理解しながらも、住居が揺れ続けるというのは、何とも言えぬ恐怖心があるものでした。
それでも……中銀カプセルタワービルで暮らしてよかった!
ここまで、生活における不便について書いてきましたが、中銀カプセルタワービルだからこそ得られた暮らしのメリットもあります。
まずは、何と言っても優雅な朝食を楽しめたこと。銀座の繁華街が近かったので、朝早くから散歩ついでに老舗のモーニングを食べに出たり、高級ホテルの朝食ビュッフェに出かけたり……。贅沢なモーニングタイムを味わえたのは、中銀カプセルタワービルの立地の良さがあってこそでしょう。
また、徒歩圏内に複数路線の駅が点在することも、中銀で暮らしていたときのメリットの一つ。どこに出かけるにしても、乗り換え回数が少なく済むのは、気分が良いものです。高度経済成長期からバブル期にかけてのビジネスパーソンもこんな風に中銀を利活用していたのかな……と、空想しながら、その便利さを味わっていました。
とはいえ、こうしたメリットは些細なもの。
中銀カプセルタワービルに住んで一番良かったのは、歴史的な建造物に1ヶ月の間暮らすことができたという、体験・経験そのものにほかなりません。不便はありましたが、私の人生にとっては、そうした不便を含めて、間違いなくとても大きな財産になりました。この場を借りて、貴重な機会をくださった「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」の皆様に感謝を申し上げたい気持ちです。
冒頭でも触れた通り、残念ながら中銀カプセルタワービルはすでに解体が始まっています。しかし、「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」代表の前田さんは、比較的老朽化の進んでいないカプセル数十個を改修し、復帰させるつもりだといいます。すでに80件程度の問い合わせがあり、中にはフランス・パリのポンピドゥーセンターといった世界的に有名な美術館も関心を示しているそう。
しかし、これからカプセルがどうなるのかについては、未だ不透明な部分も大きいのが現状。中銀カプセルタワービルに住んだ人たちの記憶が染み込んだカプセルが何らかの形で保存されることを願っています。