文春オンライン

「僕は、法を執行する人間じゃない」声優・若本規夫がたった1年で警察官を辞めた事情

『若本規夫のすべらない話』より #2

2022/04/23
note

「向いてない」とはっきりわかった瞬間

 警察学校を出て、10月から所轄署で交番勤務。担当は、蔵前、浅草だった。

 その頃は、学生運動も盛んでね、機動隊がよく出動していた。機動隊というのはエリートでね、所轄でよい交番成績を取っていないとなれないんだ。機動隊がいいのは、9時5時勤務だということ。所轄は泊まりがあるから、けっこうきつかった。けれど機動隊は、一歩間違えば、命に関わる。実際に殉職している人もいた 

写真はイメージです ©iStock.com

 僕は正確に言うと機動隊員ではなかったけど、人員が足りないと、特別機動予備隊といって若い警察官が駆り出されることもあったので、訓練は受けていた。

ADVERTISEMENT

 交番勤務の配属になった蔵前というのは、問屋街なんだ。1日の売り上げが3000円とか5000円の小商いで来る人たちが多い。

 バンで来て、二重駐車するわけだ。そこを、パパッと印付けて歩いて、切符を切らなきゃいけない。

 ただ、中には何人か、泣きが入る人がいるんだよ。「お巡りさん、勘弁してください」って。3000円の商いで切符3000円切られたら、稼ぎがなくなるって、ボロボロ涙流して。そうすると、たまんなくてね、その人の家庭が見えてきてさ。

 それで情が出てきて、「以後、気をつけてくださいよ」と見逃してしまうことが何回かあった。生意気なやつや、くだを巻くやつの切符は切れるけれど、泣かれるとどうも弱い。

 すると、あるとき、巡査部長に呼ばれて、説教された。

「仕事をなんだと思っているんだ。ある人は許して、ある人は切符切って。法の執行官として、どうするんだ!」「まったくそのとおりです」「そのとおりと言っている場合じゃない!」

 叱責されて、はっきりとわかった。自分は、警察の仕事は向いてないなって……。