『ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク』(ジョン・ウォーターズ 著/柳下毅一郎 訳)国書刊行会

 ジョン・ウォーターズという名前を聞いて即座にピンとくる日本人はむしろ少ないのではないだろうか。カルト映画『ピンク・フラミンゴ』の監督。バッドテイスト(悪趣味)の帝王。正直、評者もウォーターズについて、その程度のイメージしか持っていなかった。だが、アメリカ本国ではウォーターズは多くの人々に認知されている著名人であり、言わずと知れたセレブリティのひとりである。とりわけ、彼が監督した1988年公開のミュージカル・コメディ映画『ヘアスプレー』は、ブロードウェイ・ミュージカル化を経て2007年にはジョン・トラヴォルタも出演するハリウッド映画としてリメイクされるなど、現在では名作として確固たる地位を得ている。

 そんなウォーターズが、何を思ったか、66歳にして突如アメリカ横断ヒッチハイクを決行。ボルチモアの自宅からサンフランシスコの別宅まで、距離にしてなんと4500キロメートル。本書は、2012年5月に行われたヒッチハイク旅行の記録である「現実の旅」と、本物の旅の前の予行練習として書かれたふたつのフィクション「最高の旅」「最悪の旅」から成る。

 凡庸な書き手であれば、ここに収められたふたつのフィクションは単なる「前座」か、あるいは「蛇足」にしかならないだろう。だが、そこはさすがバッドテイストの帝王ウォーターズ、これが面白くないわけがなく、まさに彼の面目躍如たる「妄想力」がこれでもかと爆発している。ウォーターズ映画に似つかわしい奇人たち、さらには死者もが入り乱れ、暴力と哄笑と官能に満ちた毒々しい謝肉祭(カーニヴァル)が上演される。

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 そして、ふたつのフィクションに続く「現実の旅」では、それまでとはトーンが一転、アメリカの〈リアル〉が映し出される。ここに至って、このアメリカ横断ヒッチハイクが、ウォーターズによる単なる酔狂ではないことを確信させられる。そう、ウォーターズにとってこの旅は、「アメリカ」を再発見する旅であったのだ。アメリカ大陸、それは彼の祖先たちが移住してきたときから、広大なフロンティアとしてあった。東海岸から太平洋を望む西海岸へと至るルートを地を這うように進んでいくことを通じて、アメリカ開拓の道筋を辿り直す。その過程で、ウォーターズは普通の人々、ブルーカラーの労働者や共和党員の白人男性といった、土地に根ざしたアメリカ人と出会っていく。「飛行機が頭上を飛び越えていくだけの地域」としての中西部。だがウォーターズは飛行機を使わない。上空から見下ろすことなく、彼らと同じ目線の高さで、彼らの親切に助けられながら、そうやってウォーターズは、親指1本で、アメリカ精神の根っこの部分にゆっくりと触れていくのだ。

John Waters/1946年、米メリーランド州ボルチモア生まれ。72年にカルト映画の金字塔『ピンク・フラミンゴ』を発表。メジャー映画シーンで『ヘアスプレー』(88年)、『クライ・ベイビー』(90年)、『シリアル・ママ』(94年)などヒット作を監督。
 

きざわさとし/1988年生まれ。文筆家。思想、ネット文化など複数領域に跨った執筆活動を行う。近著に『失われた未来を求めて』など。

ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク

ジョン・ウォーターズ ,柳下毅一郎

国書刊行会

2022年1月16日 発売