日本で暮らす外国人たちも、新型コロナウイルス感染の不安と隣り合わせの日常を送っている。
愛知県栄4丁目の通称「女子大小路」では、フィリピンパブ嬢や従業員を集めてワクチンの職域接種をしようという取り組みが行われた。その中心となったのは、フィリピン人たちから「栄4丁目のお父さん」と慕われる飲食店運営会社会長の山田信さん(63)だ。
ここでは、ルポライターの室橋裕和さんが2020年から2021年に日本で生きる外国人を取材してまとめた『ルポ コロナ禍の移民たち』から一部を抜粋。山田さんやフィリピン人パブ嬢たちとのやりとりを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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1000人のフィリピンパブ嬢がワクチンを職域接種
「はじめはね、なかなかうまくいかなかったんですよ」
職域接種のハードルは高い。基本的に、接種者が1000人以上いなくてはならず、また医師や看護師など接種にあたる医療従事者、そして接種会場を自前で確保する必要がある。つまりほとんど大企業限定なのである。中小企業や、フィリピンパブ経営のような零細企業はまず対象外だ。
かといって、2021年の春から夏にかけての時期、パブ勤めのフィリピン人が個人でワクチン接種をするのはなかなかに難しかった。自治体などが行う集団接種は予約がなかなか取れず、日本語がそれなりに話せる人が多いとはいえ専門用語も飛び交う予約の手順を外国人が電話やネットで行うのはたいへんだ。
そこで山田さんは6月、「名古屋日・比社交協会」を設立。自らが会長となり、フィリピンパブを中心とした46店舗に加盟してもらい、まず1000人の接種者を集めた。接種の申請には法人の名義や法人番号が必要となるが、これは山田さんの会社のもので申請した。
加えて接種に必要な医療関係者だが、これは地元の有力者に陳情もしたが、女子大小路を愛するお客の医師が協力してくれるというケースもあったようだ。さらに言葉の問題もたいへんだった。
「接種の前に、既往歴やアレルギーなどを記入する予診票があるでしょう。このタガログ語版をつくったんです。だけど、今度は予診票をもとに問診する医者が、それを読めない。そこで通訳も用意しました」
日本語の読み書きも堪能なフィリピン人が協力してくれることになった。そして接種場所は、女子大小路のある名古屋市中区にかけあい、区役所内に会場を設けた。こうして山田さんたち協会の人々の苦労によって、7月10日からモデルナのワクチン接種が開始され、1000人のフィリピンパブ嬢が無事に接種を終えたというわけだ。ずいぶんと手間もお金もかかってしまったようだが、
「そこはパブがたくさん入っているビルのオーナーや、フィリピンの食材店が協力してくれてね。まあ、なんとかやりましたよ」