山田さんたちの尽力もあり、また感染がだいぶ落ち着いてきたこともあって、訪問時の2021年の10月、女子大小路のフィリピンパブは営業を再開するところも増えてきた。もちろんマスク姿での接客で、なんだか違和感はあるが、それでも「働ける場」を取り戻したことで、女の子たちもいくらかほっとしたようだ。
「モデルナ2回目、発熱タイヘンだった~」
と笑うのは、マニラ出身のユラさんだ。山田さんいわく「このあたりのボスです」。1993年に来日し、岐阜から名古屋に流れてきて、以降20年以上も女子大小路で生きてきた大ベテランだが、副反応の発熱に苦しんだ。
「ダイジョブじゃなかったってことは、まだまだ若いってことです」
なんて言って、僕や山田さんを笑わせる。ワクチンの副反応は若い世代ほど出るのである。もうひとり、同席してくれたパンパンガ出身のハナさんも「発熱、2日くらい続いてほんときつかった」と言う。
お金がなくなると「ウータン」でしのぐ
彼女たちにとって、この1年あまりのコロナ禍では、どんなことがしんどかったのだろうか。少し考えてから、ユラさんは言った。
「私もコロナにかかったらどうしよう。それがいちばん怖かった。あと、仕事ですね。休むお店もたくさんあったから。私が働く店も、続けられるのか、なくなっちゃうんじゃないかって」
コロナで閉店となれば、給料はもらえない。店には国や自治体の給付金や貸付制度などもあるが、家賃など経費のやりくりだけで消えていく。キャストにいくばくかの休業補償を出す店もあったが、どうしたって彼女たちの稼ぎは減る。
それに、こうした仕事は時給だけで成り立っているわけではない。お客から指名を受ければ、その指名料のバック、ドリンク代のバックなども加算される。これが大きいのだが、店にお客が来なければどうしようもない。
コロナを恐れた、あるいは夜遊びを会社に禁じられた人々が増えたことで、お客が激減したユラさんたちの生活も苦しいものとなった。そしてとうとう2020年6月あたりからは一時的に閉店。
「私は貯金がチョットあったから、なんとかなったけど……」
「私はウータン」
てへっ、とばかりにハナさんが言う。
「うーたん?」
「借金のことですわ」
山田さんが苦笑してタガログ語の意味を教えてくれる。店に家賃を借りたり、給料の前借りをしたり、友達に当面のお金を借りたりして、一時的にしのぐのである。こうして借金をしてまで、彼女たちがまず優先するのは故郷の家族への仕送りだ。