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人間将棋において、勝敗よりも重要なこと

 さらに心配性な上に素直なので、まだ駒があまり動いていない、早い段階での仕掛けを私が見送って駒組みを進めると「あっ(よかった……)」と安堵の声をあげていた。指し手と共に鳴らされる王将太鼓の音に紛れていたが、私は聞き逃していない。

 おそらくあの瞬間が、私を心から信用してくれた時だと思う。

 人間将棋はニコニコプレミアムで見逃し配信中なので、ぜひご覧いただきたい。

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 私たちがノリノリで(?)武者言葉を使って将棋を指せるのは、現地の観客の方々の力が大きい。人間将棋は将棋をあまり知らないという方も、多く観てくれる。将棋が分からなくても、その人たちが笑ってくれたり、拍手を送ってくれたりすることが、とても嬉しい。その人たちが楽しんでくれたら、私たちも楽しいのだ。

 時間もほとんど押すことがなく、無事にすべての駒が動いて終局した。人間将棋において、勝敗は重要ではなく、2人で協力してできた棋譜と、その場の空気に価値がある。

©野澤亘伸

 舞台裏に降りると、解説の木村一基九段が「おもしろかった」と褒めてくださり、竹部さんと2人揃って喜んだ。

 次の日には藤井聡太竜王と佐々木大地六段の対局が行われたが、私はひとり、その日の内に東京へ帰った。

 天童の駅下には将棋資料館と並んで、将棋交流室と呼ばれる、将棋が指せる場所がある。そこには、10代の頃からお世話になった人たちがいることを、私は知っている。

キャリーケースは来る時よりもずっしりと重くなっていた

 駅に入って新幹線に乗る前に、当然の様に交流室に入った。

「今から行く」とか「ここにいるよ」とか、なんの連絡をしないでも、やっぱりその人たちはそこにいた。

「上田さんの色紙があるよ」と、壁を見ると、たくさん飾られている中から、女流二段のへたくそな私の色紙を見つけた。女流三段の時のものがあり、人間将棋で来た時の色紙もあった。最後の日付は7年前。そんなに経っていたんだなぁと、思った。

©野澤亘伸

「天童に来て、こんなにさわやかに帰るの、初めてです」というと、「そうかもなぁ」と笑われた。懐かしい東北の訛り方が心地いい。

 将棋合宿をしたり、タイトル戦で来たり、リンゴ狩りをしたり、カラオケを歌ったり、たくさん可愛がってもらった。

 思い出が多すぎる天童に、来られて良かった。

「また来ます! お元気で!」と、ギュッと握手をして帰路についた。

 前に来た時と変わらず、キャリーケースはパンパンのお土産が詰まっていて、来る時よりもずっしりと重くなっていた。

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 上田初美女流四段のコラムは、文春将棋ムック『読む将棋2022』にも掲載されています。

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