4月16日、人間将棋の会場へと向かうために新幹線に乗りながら、天童ってこんなに遠かったっけと思っていた。

 将棋のまち「天童」は、10代後半から20代前半にかけて、おそらく私にとって一番訪れたことのある土地である。思い出は深く、お世話になっている人も多い。

 新型コロナウィルスの影響で3年ぶりに開催される人間将棋。体調不良の加藤桃子清麗の代打という形での出演だが、絶対に盛り上げようと心に誓った。

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刀の柄の部分に左手を添えて歩くとそれらしく見える

 天童につくと、外はザァザァと雨が降っていた。それでも現地の方々はみんながみんな「明日は晴れます!」と断言していて、「そうか、明日は晴れるんだ」と思わされる力強さがあった。

 翌朝にはまだシトシトと降っていた雨も、イベントが始まる頃には上がり、晴れ間を見せるようになった。開会式の挨拶で出た、「3年振りに開催されるうれし涙の雨」というフレーズが、胸にしみた。

 甲冑に着替えると、いよいよ人間将棋が始まるのだとテンションが上がる。

「人間将棋」を指す武将姿の上田初美女流四段 ©野澤亘伸

 過去3回の人間将棋の経験で、「刀の柄の部分に左手を添えて歩くとそれらしく見える」ということを学んだ。何をやるにしても、まずは見た目から入るのが一番良い。

 人間将棋は、武者言葉で場を盛り上げながら、すべての駒を動かさなければならない。これは普通に将棋を指すよりも、結構難しい。まず現代で生活しているものは、武者言葉がスラスラ出てこない。

何を隠そう私の中学の部活は…

 櫓に上ると、将棋盤と駒に扮した人たちが一望できる。この日は現地の高校生が駒役を担当してくれた。

 はじめに緊張するのが口上である。

 特に私が担当する西軍は先に喋らなければならない。第一声である程度の空気が決まってしまう。相手は同じ伊藤果門下の姉弟子、竹部さゆり女流四段。

甲冑姿の竹部さゆり女流四段(左)と私 写真提供:竹部女流四段

 自分の中の惑いを捨て、覚悟を決めた。何を隠そう私の中学の部活は、演劇部でござる。

「竹部殿! お主の将棋は人間将棋に向いているのか!」

 これでこの人間将棋の方向性が決まった。煽り合いである。

 事前に竹部さんと約束したのは2つのことだった。

1、互いにすべての駒を動かそうと意識すること。
2、時間がオーバーしないようにすること。

 ちなみに竹部さんは、私が1を守らないで勝ちにこだわってくるのではないかと心配し、「信じてますからね!」と何度も念を押してきた。心配性である。その心配性は人間将棋の棋譜でも表れていて、早々に自陣の駒を動かし、不動駒をなくすミッションをクリアした。