薄汚い布を敷いた場所に、酔っぱらったソ連兵達が
入り口からカウンターの裏側へとまわったとき、布団がずらりと並べられているのが目に入った。敷布団などないのか、古い掛布団である。
軍服の男らが何人いたかは記憶に残っていない。ただ、自動小銃を身に着けているのが目に入った。
大きな男は玲子のお尻のあたりを銃尻でポンとつついた。言葉はわからないが、横になれと促しているようである。
怯えた娘たちが泣きだした。
――殺される。
恐怖で身体が固まった。
自分を見つめる男は獣の目をしていた。
聞こえるのは自分の心臓の音だけだ。
それはあまりに激しく大きく波打ち、いまにも飛びだしてしまいそうである。頭は真っ白で何も考えられない。恐ろしさのあまり、すべてが硬直しきっていた。ただ、視界には見知らぬ軍服姿の大男が映っている……。
1人目のソ連兵の顔は見た。男は自動小銃をつけたまま、金属製のベルトだけを外した。
ガチャッ。重い鈍い金属音がする。
お母さん――、子どものころに亡くなった母を呼んだ。お母さん、殺される。怖いよ。自分の心臓の音だけが耳をつんざく。2人目からは覚えていない。顔など見られない。
左隣に横たわる年上のお姉さんが、兵隊に見えないように下のほうで手を握ってきた。まるでお母さんのように固く手を握りしめたまま、一所懸命、泣いている自分を励ましている。
「だめだよ、だめだよ。しっかりしなきゃだめだよ。がんばろうね」
声を殺して泣く声が聞こえる。まわりからも母親を呼ぶ声がする。
ソ連兵らに解放されると、みんな倒れたまま肩を震わせて泣いていた。身体の痛みより、悲しくて泣いていた。
ショックのあまり、玲子は何も考えられなかった。激痛とともに深い絶望感が襲ってきた。
「接待」の実態を父親には言えなかった
むごたらしい強姦、輪姦の場は「接待」と呼ばれた。
悪夢は1回では終わらず、それから何度も引っぱり出された。
父親も伯父の末三郎も、寝るとき以外はほとんど穴倉にはいなかった。「接待」がはじまった9月後半から10月前半以降、団内の残りの男たちはまとめて、ソ連軍の強制使役に駆り出されたからだ。玲子の父親らも鉄道駅で石炭の燃えかすを集めたり、石炭を詰め込んだりする作業に従事させられ、平穏に暮らしていたころのように顔を合わせる機会は極端に減った。
お父さん、伯父さんは駅のほうから、いつも疲れて帰ってくる……。そんな姿を見て、玲子はあの場所に行かされて、ソ連兵らに何をされるかを言わなかった。言えなかった。母親が生きていたら違ったかもしれないが、とにかく父親には言えなかった。