「完全試合、信じてなかっただろう?」
試合はレジェンドの予言通りに進んでいった。佐々木朗希の速球は唸りをあげていた。18歳の新人捕手、松川虎生とのバッテリーが、すべてを支配していた。バファローズの打者も、試合の空気も、スタンドで見つめる何万人ものお客さんの意識さえも。
そして、実況アナウンサーとしての僕も、支配されていた。目の前で起きている信じられないような現実に、体ごと引きずり込まれそうな感覚があった。
「打席に立ってみたいね」
まっすぐにグラウンドのほうを見ながら、有藤さんはつぶやいた。
「ひとりのバットマンとして、佐々木朗希と生活を賭けて対戦してみたいね」
レジェンドの体の奥底にまだ埋火のように残っている、プロの打者としての矜持にも、佐々木朗希は火をつけたのだった。
27人目の打者、代打の杉本からこの日19個目の三振を奪い、28年ぶりの完全試合が達成された。その瞬間、驚きと感動の大歓声に包まれて、佐々木朗希はマウンド上で両腕を大きく広げ、うしろを向いた。春の青空からの明るい光が、爽やかに彼に降り注いでいた。なんだか神々しい感じがした。
テレビ中継が終了して、有藤さんはいつものように大きな封筒にスコアシートと資料をしまい始めたが、ふとその手を止めて、「完全試合、信じてなかっただろう?」と嬉しそうな表情で僕をからかった。有藤さんはロッテが勝つと、喜びを隠しきれない顔になるのだが、この日は特別にそうだった。
「はい、その通りです。それにしても有藤さんの予言が当たりましたね」。僕がそう答えると、レジェンドはまた嬉しそうな顔になって、封筒を閉じてから立ち上がった。
(あれ? 今日は櫛で髪を整えない……)と思っていたら、有藤さんが右手をサッと出してきた。握手をした。こんなことは初めてだ。レジェンドはヘッドセットのマイクを長時間つけていて乱れた髪の毛を整えることもなく、放送席から出ていった。すべてが特別な日だった。
数年後、メジャーリーグの舞台で、佐々木朗希と大谷翔平の対決を見たいと思うのは僕だけではないだろう。かつて、松坂大輔とイチローがボストンのフェンウェイ・パークで対戦した時のように、それは、すべてのベースボールファンの夢だ。松坂は初球にカーブを投げたが、佐々木朗希は初球に何を選択するだろうか。ここはひとつ、有藤さんのように予言をしておこう。おそらく、鋭いカーブだろう。
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