その後、チャンはトイレに入った。トイレには他の旅行客も出入りしていた。しばらく経ってから、体格のよく似た男が出てきた。ヒゲは生えておらず、眼鏡もかけていなかった。キャップもパーカーも見当たらず、白い手提げ袋も持っていなかった。代わりに赤いTシャツを着て、赤いビニール袋を抱えていた。
捜査員の一人は「捜査をかく乱するために、チャンはトイレの中でヒゲをそった。着ていた服も脱ぎ、変装した。ただ、靴の替えは用意していなかったようだ。白いラバーソールが目立っていて、同一人物だと気づいた」と振り返る。
犯行の30分前には、チャンがシティとカフェで打ち合わせしていたことも別の監視カメラの映像から判明した。チャンはシティを世話する教育役だったと、警察は判断した。
シティに教育役がいたなら、ベトナム人の実行犯フォンにも同じ役回りの人物がいたはずだ。フォンが待ち伏せしていた場所は監視カメラの死角で、はっきりした映像は残っていなかったが、フォンの周りを歩く長身の男の姿は確認できた。
フォンの供述によると、この男は「ミスターY」と名乗る自称韓国人だった。ミスターYは、チャンとよく似た地味な格好をしていた。黒いキャップをかぶり、灰色の半袖カッターシャツを着ていた。黒っぽい長ズボンに、黒いスニーカー。背中のリュックも黒かった。
ミスターYは、行動もチャンとそっくりだった。正男が出発ホールに現れると、ミスターYはフォンにターゲットが来たことを告げ、フォンの手のひらにオイル状の液体を垂らした。フォンが正男の顔に液体を塗りつけるのを確認しながら、出発ホールを去り、トイレで服を着替えた。
上半身は灰色の半袖カッターシャツから黒っぽいVネックのTシャツに。黒いキャップの代わりに灰色のキャップをかぶり、サングラスをかけた。犯行の一時間前に、ミスターYがフォンと並んで歩いている映像も確認された。犯行現場を下見していたようだ。
悠然と一服して国外脱出
映像の分析を進めると、教育役のチャンとミスターYに指図する指示役の姿も見えてきた。紫色のポロシャツを着て、カーキの長ズボンにサンダルを履いた、年配の男。ポロシャツの裾をズボンから出して、黒いリュックを右肩にかけていた。地味な服を着た教育役とは対照的に、遠くからでもよく目立つ格好だった。この男をフォンは「ハナモリ」と呼んでいた。
犯行直前、ハナモリは出発ホールの入口にあるカフェに座っていた。ハナモリは正男が出発ホールに現れた瞬間、立ち上がった。それを見たミスターYはフォンのもとに近づき、ターゲットが現れたことを知らせた。ハナモリは、続いて柱の陰に潜むチャンのところまで駆け寄り、ターゲットが来たと伝えた。
その後、ハナモリは30メートルほど離れたところから、犯行の様子を見守った。右手をズボンのポケットに入れ、左手で携帯電話をいじるようなそぶりを見せつつも、視線は実行犯の方に向けていた。