2021年に90歳を迎えた作家の曽野綾子さんが、老年を生きるための心構えや若者へのメッセージをつづったエッセイ集『百歳までにしたいこと』。ここでは、曽野さんが美智子さまのために特別な“作戦”を実行した「皇后(美智子)さまの本屋訪問」をご紹介します。(全2回の1回目/後編を読む

上皇ご夫妻 ©文藝春秋

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 聖心女子大学を卒業後も、時々、同窓の皇后陛下(当時)とお会いすることはあった。皇后さまは、私の3学年下で、同じ聖心女子大学にいらしたのである。私がやや専門かと思われる分野でご下問のある時は、電話でお答えしたり、書類を持って御所に上ることもあった。

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 そんな折、皇后さまが「本屋さんをゆっくり歩いてみたい」とおっしゃった。世の中には常に欲しい本もあるが、見ているうちに読みたくなる本もある。しかしご結婚以来長い年月、皇后さまは、気楽に本屋さんにいらしたこともないという現実を、私は初めてその時理解した。

 おでかけになる場所によっては、とうてい不可能という所もあるだろうが、本屋さんは不可能ではないと私は思った。大手の書店で、ゆっくり書棚の間をお歩きになりたいのだったら、できないことはない。もちろん私一人では無理だが、業界で力のある方の助言と助力を頂ければ、何とかなるだろう。

 それから下準備が始まった。2015年のことである。大手の書店で、皇居からお車の便もよく、売場も比較的静かであることが条件だ。そこで渋谷の東急百貨店本店のジュンク堂がいい、ということになった。

 皇后さまがくれぐれも過剰な警備や他のお客の入場制限など、特別扱いはしないように、とおっしゃったので、ご来店は朝10時の開店と同時ということになった。幸い東急本店には、地下2階の車の降り口の眼の前に、書店までの直行エレベーターがある。開店と同時ならエレベーターに乗り合わせる客もあまりないだろう。そして皇后さまは、ほとんど誰にも気づかれずに書店の中をお動きになれるだろう。