今年、コロナ禍が始まってから3度目のGWを迎えた日本。苦境が続く宿泊業の中で、全国の温泉旅館は感染対策を施しながら、新たな「おもてなし」を模索している。その最前線に立ち続けているのが、各地の“女将”たちだ。
長年温泉旅館を取材し、『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)などの著書でも知られる山崎まゆみ氏が、そんな女将たちの“とっておきの仕事術”を紹介する(連載第2回目/#1から続く)。
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第二条 コロナ禍で発揮した“肉筆”の力
温泉女将と言えば、正座をして丁寧にお辞儀をする姿を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。到着時や食事どきなど、温泉女将にとって“挨拶”は大切な仕事。たわいもない会話を交わすだけでもほっとさせられる。
しかし、そんな抜群の“癒し力”も、人と人との接触が制限され、マスク着用のコロナ禍では発揮しにくい。実際、「本来の仕事ができない」と寂しそうにする女将を、私は度々見てきた。
では、女将たちは「おもてなし」をできなくなってしまったのか?
いやいや、その力は衰えていない。むしろ試行錯誤を重ねるいまだからこそ際立っている。そのひとつが「肉筆」によるおもてなしだ。
食事の敷紙にメッセージを
「女将の間でも『久美子さんの文字は素敵ね』と評判なの。女将さんたちの勉強会に使うテキストは、久美子さんが和紙に書いて下さるのよ」
伊豆半島の老舗旅館の女将が紹介してくれたのが、静岡県修善寺温泉「瑞(みず)の里 〇久(まるきゅう)旅館」の女将・鈴木久美子さん。達筆は〇久旅館ならではの個性となっている。
「うちの母(先代の女将)はお部屋の掛け軸も書いていましたし、短冊を書いてはお客様のお食事の席に添えていました。あれから25年以上経っていますのに、母の短冊を保管してくださっていたお客様が、『懐かしい』と持ってお見えになることがあるんですよ。
私は書を習ったことはありませんが、母の姿を見よう見まねで、女将になってから筆をとっていました。いまは食事の敷紙にメッセージを書いております」