文春オンライン

なぜ私はオリックスファンになったのか…まずは関西の“私鉄沿線事情”から説明しよう

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/05/11

阪急は馴染めず、好きになれなかった

 南海ホークスは、球場も近かったから自然に応援するようになった。南海は近鉄と庶民的な雰囲気も似ていたから、簡単に馴染むことができた。自分達の球団、という感じだった。

 近鉄バファローズは、街のあちこちに貼ってある「投げたらアカン」というポスターこそ好きになれなかったものの、それでもある時期までちょっと応援していた。

 でも、1997年に神戸の大学に赴任して、オリックス・ブルウェーブを「意図的に選択」して応援するようになるまで、阪急ブレーブスを応援したことはなかった。だってあの頃は、あんまり好きじゃなかったんだもん。ブレーブスじゃなくて、「阪急」が。

ADVERTISEMENT

 この辺りを説明するには再び、京阪神大都市圏住民固有の「沿線意識」に話を戻さなければならない。

「沿線毎」に切り取られた生活を送っているこの地域の住民は、時に最寄り駅ではなく、沿線の名前で互いの紹介をしたりする。「あなたも近鉄奈良線沿線のお生まれなんですね」という感じである。同じ沿線の出身だと何となく「同朋意識」すら生まれる事もある。

 そしてそこには何よりも漠然とした「沿線」毎の階層格差が存在する。

 そしてその私鉄毎の階層格差の頂点に位置するのが「阪急」、とりわけ梅田と三宮の間を走る「阪急神戸本線」なのである。

 だから子供の頃は思っていた。何だよ「阪急」偉そうにしやがって。そもそも「マルーン」色って何だよ。それ阪急の車両の色の説明の時にしか聞いたことねーよ。

 阪急沿線の人は知らないかもしれないけど、本当は近鉄の車両の色も「えんじ色」じゃなくて、「近鉄マルーン」ていうんだよ。阪急が「阪急マルーン」で近鉄が「近鉄マルーン」なんだから同じ様なものじゃないか。なのにどうしてあんなに高級感が違うんだよ。木目調の内装で格好つけてんじゃねーよ。乗ってる人、皆、近鉄よりお洒落でお金持ちに見えるじゃないか。何だか一緒にいるだけで肩見せめーよ。一言で言えば羨ましかったし、悔しかったし、馴染めなかった。

 だからこそ、子供の頃の私には、その「阪急」が経営する球団もそこに所属する選手もお洒落で洗練されて、悪く言えば「お高く」見えていた。

 そう今から考えれば、山田も福本も加藤秀司も、近鉄沿線に住んでいた当時の自分には「おしゃれに」に映っていたのである。

 まさかそれから40年後、朝日放送のラジオ放送でべたべたの関西弁の「世界の盗塁王」のべたべたの解説を聞く事になるとは夢にも思わなかった。福本さん、僕の昔の思い出を壊さないでください。

「でも、今では熱心なオリックスファンじゃないですか」

 そうなんだよなぁ。何でだろう。

京阪神大都市圏のどこからでも応援できる球団になった

 勿論、最大の理由はこの地域のパリーグ球団がオリックスだけになったからだ。

 でもそんな消極的な理由じゃ、これほど熱心に応援しようとは思わなかっただろう。

 考えてみれば、甞ては西宮球場に本拠地を持つ球団が、神戸、そして大阪に本拠地を移していく過程は、逆に言えばこの球団が「阪急」の沿線色を脱していく過程でもあった。イチローや田口がいたころはそれでもどこかちょっと「阪急」らしいあか抜けた雰囲気があったけど、良くも悪くも、今はそんな雰囲気はなくなった。

 そして、その間にホークスが福岡に去り、近鉄バファローズがなくなった。

 そしていつの間にか、たった一つになったこのパリーグ球団の本拠地に行く交通手段は、些か皮肉な事に、JRと阪神と大阪市営地下鉄だ。そう、南海が阪急が近鉄が、各々自らの球団を手放した結果、この球団はこの3社の鉄道駅のどこも最寄りにしない球場に落ち着いたのだ。 

 そしてこの球場には、嘗て南海を応援した大阪南部の人々はJRで、近鉄沿線の人々は阪神電鉄に直接乗り入れる電車で、そして甞て阪急を支えた阪神間の人は、阪神電鉄で訪れる事ができる。球団が最初からなかった京都方面の人だって、JRからの乗り換えなら簡単だ。

 そうかぁ、この大都市圏のどこからでも来られる、便利な球団になったんだ。そしてその姿も、昔のどこかの球団みたいに「月見草だ」「草魂だ」とか言いながら庶民色を見せたり、球場の外壁を飾り立て、有難げな高級感を演出したりはしなくなった。一言で言えば、あまり特徴はないけど、「普通の球団」になった。でも考えてみれば、それが本当のこの「京阪神大都市圏」の我々の姿なのかもしれない。だって、そこに住んでいるのは飽くまで「普通の人」なんだから。周囲の人が大阪に期待するべたべたで庶民的な姿や、「阪神間モダニズム」を体現するお洒落で洗練された姿を演じていたら疲れてしまう。だから、気楽に応援することができるんだ。もう他の沿線の人と張り合うこともなくなったし。

「最後に先生は、もし今生まれていたら、どこの球団を応援していたと思いますか」

 だとするとこの質問への答えは簡単だ。

 オリックスに決まっている。

 だって、あの生まれ育った近鉄奈良線沿線から、直接行けるのは、京セラドームだけだからね。きっと、熱心な少年ファンになってたと思う。7連敗くらいでは、諦めないで球場に行って山岡に声援を送れるくらいのファンにはなってただろうな。

 そうやって多くの京阪神大都市圏の人たちが、応援に来てくれるといいな。甲子園と違って、席はいつでも空いてるから、気楽に応援して貰って構わないよ。オリックスファンは難しいことは言わないさ。

 さあ、今日も京セラドームへと行くことにするかな。まずは、自宅の最寄り駅から、あの「マルーン」色で木目調の電車に乗ってね。

多くの京阪神大都市圏の人たちが、応援に来てくれるといいな

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2022」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/54098 でHITボタンを押してください。

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。

なぜ私はオリックスファンになったのか…まずは関西の“私鉄沿線事情”から説明しよう

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春野球をフォロー
文春野球学校開講!