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伊集院氏が考える「生きるということ」とは?

 生来、のんびりボーッとすることができません。何もしていない時間が出来るともったいない気がしてしまいます。休日も朝早くから起きて、家の掃除や修繕、整理整頓をしていると、家族からのんびり寝ていられない、と煙たがられます。のんびりゴロゴロしてみようと思うのですが、つい体が動いてしまいます。会社を辞め、仕事がなくなったときの膨大な時間を考えると時間を持て余すのではないか、とちょっと心配になります。(63歳・男・会社員)

 何も心配することはありません。

 人間は本来、陽が昇る気配がする前に起き出す動物なのです。

 休日、あなたが早くに起きて、家の掃除や修繕、整理整頓をしようと動き出すのは当たり前のことです。

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 休日くらいのんびり寝ていたいという家族の人たちも、これも当たり前のことです。

 その人たちはおそらく生活に疲れているのでしょう。それはそれで寝かしておきなさい。

 あなたはまだ63歳です。

 元気な盛りなんです。

 目覚めたら、すぐに何か行動することはきわめて正常なことです。

 のんびりできない性格とあなたはおっしゃいますが、のんびりなんてする必要はさらさらありません。

©文藝春秋

 現代人の生活の中での間違いは、自分たちの生活のリズムを皆が同じように考えてしまうところです。

 十人十色というように、人はそれぞれ持っているリズムがあります。

 目覚めて、すぐに何かをしようとするあなたのリズムは正常です。

 どんどん掃除も修繕もすべきです。

 私は作家になりたての頃、作家は夜は酒を飲み、人生の、小説の苦悩を思うのが作家と思っていた時期がありました。ですから徹夜で執筆もしていました。

 しかしそれはまったく間違いでした。私が手本にしたのは、農業に従事する人たちの行動でした。彼等は、陽が昇る前に起き出し、星光残る空模様を見て、今日の仕事はこうすべきだと決め、薄暗い畦道を歩き出すのです。作家も斯かくあるべきだと思いました。

 最後に、あなたは定年後、仕事がなくなり膨大な時間を与えられると考えていらっしゃるようですが、人間に膨大な時間など与えられるはずはないのです。定年も何もありません。人は働き続けるのです。行動し続けるのです。それが生きるということです。

 あなたの素晴らしい性分はまったく変える必要はありません。

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大人への手順

伊集院 静

文藝春秋

2022年4月22日 発売