革マル派全学連の、馬場委員長の辞任発表
その2日後の11月11日、革マル派全学連は馬場委員長の辞任を発表し、特別声明を出した。難解な運動用語を多用した声明の一部を抜粋する。
「左翼戦線内部での党派的闘いにおいても―まさに中核派の同志海老原・水山虐殺にたいしてわが全学連が断固たる反撃行動をくりひろげたことに示されるように―ある特殊な政治力学関係のもとでは、他党派の組織を革命的に解体していくために、イデオロギー的・組織的闘いを基軸としつつも、時に暴力的形態をも伴うかたちで党派闘争を推進する場合があることを、単純に否定することはできない。」
「こうした特殊な暴力をあえて行使しなければならない場合には、対国家権力との緊張関係のもとに、かつ〈何のために・いかなる条件の下で・どのように〉という明確な理論的基礎づけのもとに、まさに組織の責任の下に組織的に遂行されねばならない。そしてその際にも、マルクス主義の原則=プロレタリアート自己解放の理念から逸脱するような行為は決してとりえないのである。」
「このような確認にもかかわらず、川口君の死はひき起された。この具体的な結果からするならば、これに携わった全学連の一部の仲間たちは、このような原則にのっとっているという固い確信にたちながらもその思想性・組織性の未熟さのゆえに、事実上、原則からはみ出すような行為をおかしたものといわざるをえない。たとえそれがわれわれ自身が全く予期しなかった突発的なショック的状況のなかでの死であったとしても、この死がわれわれによる自己批判要求の過程で起きたものである以上、その責任を回避することはできないのである。」
自分たちに都合のいい理屈の「自己批判」
馬場委員長の辞任を「自己反省の一端」であるとし、組織として一応は「自己批判」しているようにも取れる内容ではあった。だが、ここでの「自己批判」は、あまりにも自分たちに都合のいい理屈であり、到底、納得のできるものではなかった。
革マル派は声明で、川口君は中核派活動家で、スパイ行為をしていたので追及した。その過程は正しかったが、死という事態を招いた。つまり、彼が死んでしまったので、その結果についてのみ、反省すると一貫して主張しているのだ。
革マル派は、自分たちが行使する「革命的暴力」は、組織的にコントロールできる、と考えていた。だから、川口君の「予期せぬ死」については自己批判するというのだ。その上で、自分たちの暴力は革命理論によって管理された暴力なので正しいが、他セクトの暴力はそうではないので間違っているとまで言い切っていた。
この声明を聞いて、それまで革マル派による学内での暴力行為について見て見ぬふりをしていた一般の学生も、さすがにもう黙ってはいなかった。そもそも、川口君がスパイであったと断定する言い分に疑惑の目が向けられていた。