「山谷でもけっこうコロナの感染者が出たのよね。PCR検査にしてもワクチン接種にしても自分で手続きできない人も多いので、私たち訪看(訪問看護師)が代わりにやることが多い。感染者と接触する場合は防護服だし、手間は増えたけど、今のところうちでは離職者は出ていませんね。一部の病院では看護師の離職が問題になってるみたいですけどね」
山下さんは訪問看護と病院での介護との違いをこう解説する。
「訪問看護はね、利用者さんとの関係性が病院より密になっちゃうんですよ。看取ることも多いしね。その分、気持ちが通じ合うっていうかね。そういう喜びを感じやすい。でも病院は違うでしょ。患者さんの入院する期間を在院日数って言うけど、平均が9日なんですよ。病気やケガで入院し、流れ作業で治療して、9日後には出てもらう。この繰り返しだとやっぱり疲弊する人も多くなっちゃう」
病院での介護に比べ、訪問看護師のほうがやりがいを見出しやすいと語る山下さんだが、「ただね、のめり込みすぎるとこれもまたストレスになっちゃうけどね」と笑う。その顔を見て、私はある女性のことを思い出した。
消えた“山谷のマザー・テレサ”
山谷には介護や看護を提供する複数のNPO法人が入り込み、互いに連携しながら、この地に暮らす生活困窮者のケアを担っている。そのひとつが民間ホスピス「きぼうのいえ」だ。路上生活で苦しんでいた人、家族との縁が切れて頼る者のいない人、その他様々な理由で生活が立ち行かなくなった高齢者や重病人を積極的に受け入れる施設である。
同施設は2002年に、山本雅基さんと妻の美恵さんが二人三脚でゼロから立ち上げた。当時、様々なメディアに取り上げられ、山本さんのことを山谷のシンドラー、美恵さんを山谷のマザー・テレサと呼ぶ人もいた。
前出の訪問看護師・山下眞実子さんの言葉を聞いて思い出したのは、「山谷のマザー・テレサ」、つまり美恵さんのことだった。
看護学校出身の美恵さんは、「きぼうのいえ」の運営から入居者の看護まで奔走していた。ところが、「きぼうのいえ」がメディアに最も取り上げられていた2010年のある日、施設から姿を消してしまう。