コロナ禍に事業者の倒産が多発し、悲鳴を上げる介護業界。食品偽装問題を題材にした社会派サスペンス『震える牛』や、政治の腐敗を描いた『トップリーグ』が映像化されるなど、話題作を書き続ける相場英雄氏が、介護問題の闇を描いた新刊『マンモスの抜け殻』を刊行した。介護をめぐる闇、そこに希望はあるのか。著者に話を聞いた。
ボコボコにへこんだ介護施設のミニバン
――介護問題を描こうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。
相場 朝と夕方に犬の散歩をしていると、介護施設のミニバンをたくさん見かけるんです。そのほとんどが、車体の部分がボコボコにへこんでいる。施設の名前が書かれた車は、ある種の『看板』であるはずなのに、修理をせずに公道を走っている。この業界はどうなっているのか、と疑問を感じたんです。
もう一つは、コロナ禍で、地元の新潟に帰れなくなったときに、「親の老後」のことを真剣に考えました。「まだ先のこと」ではなく、「今、ここにある問題」だと思ったときに、デイサービスを受けた後、ボコボコにへこんだミニバンで送迎される、お年寄りたちの姿が、まるで自分の親のように見えたのです。
――取材した結果、介護業界の現状はどうだったのでしょうか。
相場 新型コロナへの不安から介護サービスの利用控えが進み、2020年のこの業界の倒産件数は過去最多の水準でした。事業者の経営も厳しくなり、労働環境も悪化しています。過酷な労働条件のなかで、職員たちは疲れきって、車をぶつけることも多くなり、それを修理する余裕もないのだと。スタッフが追い詰められた介護施設に、果たして、自分の両親を任せられるだろうか、という不安をいだきました。
今まで、いろんな社会問題を書いてきましたが、これほど我が事のように感じたテーマはなかったですね。
対策として、政府は、介護報酬を21年度の改定で、0.7%引き上げますが、これでは焼け石に水。ニッポンの介護は限界であり、それは私たちの問題だ、と。
――そのうえ、この国は少子化が進んで、超高齢化社会へと突入しています。
相場 厚生労働省の推計によると、65歳以上の高齢者の数は、2040年度に3900万人と、ピークを迎え、約280万人の介護職員が必要となるそうです。約70万人の人材が不足するのです。介護職員の平均給与は、月給で約29万円と、全体の水準から6万円程度低いとされています。
――一方で、親の介護をするために、仕事を辞めて、故郷へ戻る人も多いと聞きます。
相場 まさにその通りで、介護、デイサービスというのは、子供を保育園に預けるのと同じだと思うんです。介護が必要な親を、施設に預けられないと、仕事にも行けません。コロナ禍で、飲食業界の惨状だけが報じられてきましたが、介護業界もそうとう厳しいと実感しています。この国の最低限の暮らしを支える「社会保障の底」が抜けてしまった、と。