世界有数のスピードで高齢化が進む日本。介護業界に関する公的な補助制度の整備は、現場が求めるレベルに追い付いているとは言い難い。そんな中、徐々に顕在化している問題が、介護現場で起こる高齢者に対しての虐待だ。
ここでは、朝日新聞経済部が介護業界の暗部を克明に描きだした書籍『ルポ 老人地獄』(文春新書)の一部を引用。介護業界で起こる虐待の実態について紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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「救急車を呼ぶな」
東京都心に近い有料老人ホームでは、施設長による日常的な「虐待」が続いていた。
2012~13年ごろにその様子を目撃した当時の職員は「あれはとんでもない光景だった」とふりかえる。
このホームの施設長は自分で仕事の不始末を起こしておきながら、認知症の老人に「あなたのせいでこうなったのよ。どうしてくれるのよ」と怒鳴りつけながら介護をするような人物だったという。ホームの中で行うデイサービスに、体調の思わしくない老人を無理やり参加させて、さらに体調がおかしくなることが続いたという。このホームは「住宅型」のため、介護サービスは利用しなければ「売り上げ」にならない。そのため、本人が希望しない押し売りに近い介護サービスが横行していたようだ。
施設長による食事の介助も拷問のようだったという。早く切り上げたいためか、老人がゆっくりと食べるのを待つことができず、次の食べ物を無理に口に運ぶ。そのため、老人が食べ物をのどに詰まらせることが続いた。それが繰り返された結果、肺に唾液などとともに細菌が入り込んで起きる誤嚥性肺炎で入院する人も1人や2人ではなかったという。
誤嚥性肺炎は救急車を呼ぶほどではなかった。しかし、元職員は「このホームでは12年からの約2年間に10人ぐらいのお年寄りが亡くなった」とも証言する。亡くなった老人のなかには、目に見える体調の悪化があったのに、救急車を呼んでもらえなかったケースがあったという。元職員は施設長から「老人の体調が悪くなっても救急車を呼ぶな」と厳命されていたからだ。その理由について施設長は「前に救急車で運ばれた後に死んだら、あとから警察が調べに来て、大変だった」と話していたというのだ。
こうした情報は、家族などを通じて所管する区役所にも通報された。しかし、地元区役所の調査は難航した。入居している老人は認知症などできちんと話ができない。施設の職員も施設長が怖いために表だって証言することができなかった。そこで調査にあたった区職員はホームの書類を調べてみたが、ところどころ記述が欠けていたり、体調悪化で亡くなる直前の老人の日誌に「2日前〈完食〉(全て食べたこと)、1日前〈完食〉、当日〈完食〉」と、つじつまが合わないことが書かれるなど役に立たないもので、かえって混乱したという。