65歳以上の人口の割合が全人口の21%以上を占める「超高齢社会」の日本。老年人口の増加にあわせて、適切な介護制度が整備されてもおかしくないが、2000年に始まった公的介護保険制度が充分に機能しているとは言い難く、いまだ問題解決の糸口は見えない。
老後に安心して介護を受けられるかどうかは、カネ次第になる……。朝日新聞経済部による『ルポ 老人地獄』(文春新書)には、そうしたセンセーショナルな言葉も並ぶ。果たして介護業界の現状はどうなっているのだろうか。ここでは、同書を引用し、想像を絶する介護現場の実態を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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雑魚寝の老後
2月の深夜は底冷えがする。老人たちは分厚いふとんにくるまり、頭だけを出して目をつぶっている。そこには、60代から100歳近い男女10人が同じ部屋に雑魚寝状態で横になっていた。
……自分だったら、こんな部屋で寝ることができるだろうか。本当は起きている人がいるのではないか。
そう思いながら部屋の中を見渡すと、夜間にトイレにいくための通路になっている部分の畳に大きな染みがついている。汚物を吐いたあとだという。畳はあちこちがすりきれて、ガムテープで補修してある。経営者に畳の取り替えを頼んでも取り替えてくれないのだという。
職員が言う。
「男女が一緒なので、気付いたら女性のふとんに潜り込んでいる男性もいます。男はボケてもスケベなんですね。女性もボケているので何も言わない。ただ、利用者の家族が見たら怒るでしょうね……」
ここは、埼玉県東部の住宅街にある築40年近い2階建ての一軒家だ。最寄り駅から歩くと1時間近くかかる。外観は普通の民家と変わらないが、中に入れてもらうと1階の3つの部屋のふすまが取り払われ、20畳の広さになった部屋を取り囲むように、簡易ベッド、ソファーベッド、ふとんが数珠つなぎになっている。掛け布団の柄も水玉あり、縦縞あり、格子模様ありとバラバラだ。せめて、別々の部屋で寝かせられないのだろうかと思うが、職員に聞くと、部屋を仕切ると、それぞれの部屋に収まるように寝具を並べなければいけない。そうなると、10人を寝かせるスペースを確保することが難しいという。
この民家は、東京の介護サービス会社が借り上げて、日中は高齢者が自宅から通う「デイサービス(通所介護)」として使っている。最近は住宅街でも時々見かける介護施設だ。しかし、夕方に帰る利用者は少ない。彼らはそのままこの民家に「お泊まり」するので「お泊まりデイ」と呼ばれている。
11針の怪我、ノロウイルスの蔓延
この施設では、2014年1月末、男性の1人がノロウイルスによる感染性胃腸炎になり、救急車で運ばれた。病院は点滴などをしたが、入院を認めない。男性は施設に戻されたが隔離する部屋がない。その部屋で吐く。結局、ほかの高齢者5人や職員まで感染してしまった。
その最中に69歳の男性が怪我をする事故も起きた。同年2月1日早朝、2階で寝ていた男性が目を覚まして起き上がろうとして転び、柱の角に後頭部をぶつけて11針を縫う怪我をした。その夜、2階には2人が寝たが、朝になって、1人しかいない夜間勤務の職員が、もう1人の高齢者を1階に降ろしている間に起きたという。再発を防ぐため、それ以来、高齢者全員を1階で寝かせるようにした。