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「老人の体調が悪くなっても救急車を呼ぶな」介護現場で高齢者への“虐待”が起きる深刻なワケ

『ルポ 老人地獄』より #2

source : 文春新書

genre : ライフ, 読書, 医療, ライフスタイル, 社会

note

「体調が悪い」と言っても「起きなさい。みんな下に降りるんだから」

「わたしはあんな施設には2度と入りたくない。もう歌を歌うのが嫌で嫌で」

 東京都内に住む90代のマモルさん(仮名)はそう振り返る。

 マモルさんは12年秋、東京都中野区の有料老人ホームに入所した。その数カ月前に脳出血をおこして都内の病院に入院し、退院の時にこのホームを紹介された。

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 このホームの入居者は十数人で、利用者は2、3階の個室で寝る。家賃は月10万円台と、都内の有料老人ホームとしては比較的安い。

 マモルさんは朝8時半に起こされると、介護スタッフに車いすごと1階に降ろされ、夕方5時まで過ごす。だが、すでに病気から回復して意識明晰なマモルさんにとって、毎日、認知症患者向けの単調な体操をさせられたり童謡を歌わされたりすることは、苦痛以外の何物でもなかった。こんな介護サービスは自分には必要ないのに……。

 ある朝、職員が朝起こしに来ても寝たふりをした。すると、「起きなさい。みんな下に降りるんだから」とふとんをはがされたという。「体調が悪い」と言っても取り合ってもらえなかった。

毎月3万円前後の自己負担

 マモルさんは体力や記憶が回復してくるにつれて、外の空気を吸いたくなった。「散歩に行きたい」。ホームにそう懇願したが、かなわなかった。リハビリにはよいはずだが、「あなたについていく職員がいないから無理」と、施設長からは冷たく突き放すような言葉が返ってきた。

 有料老人ホームを経営している会社は同じ施設の1階で、介護保険から支払いがあるデイサービス事業もしていた。ホーム側がマモルさんを1階に降ろすことにこだわったのはデイサービスを使わせるためだったようだ。13年度のマモルさんのケアプランで使われたサービス内容と金額がわかる利用明細書がある。朝9時から夕方4時半まで、デイサービスが1カ月あたり23~26日もついていた。

 このホームは「住宅型有料老人ホーム」というタイプで、月々の利用料には住居費と食費が含まれるが、介護サービスは別に支払うことになる。当時、マモルさんは要介護4だった。介護保険には介護度ごとに介護サービスが使える上限額が設定されている。要介護4はこの時、33万786円が上限だったが、マモルさんは月によっては32万9208円と上限すれすれまで使ったこともあった。介護保険は利用額の1割を自己負担しなければならないため、マモルさんの家族は毎月3万円前後を支払っていた。