永井 私が会社を辞めるか辞めないかくらいの時期でした。同じころに、上司から「永井は踊り場のない階段を上り続けてきたからな」と言われたことを覚えています。長野さんの学ぶ姿に刺激を受けて、私も「いったん仕事を離れて充電をして、いろんなことを吸収しよう」と思ったんです。少し先になりますが、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科で勉強をすることもできました。
結婚、出産、子育てと仕事。
長野 永井さんがフリーアナウンサーをしながら出産をしたのはいくつのときでしたか?
永井 36歳ですね。こうみえて、テレビの仕事は命がけでやっていたんです。
吉川 働く姿を見ていたからよく知っています。
永井 その「命がけ」が影響したのかもしれないんですけれど……。第一子を産んだ1か月後に、愛子様がお生まれになって、ご生誕記念の特別番組の司会として復帰させていただいたんです。実家の両親や主人にもサポートしてもらって、万全の態勢で臨んだのに、本番中は集中出来るのですがCMに入ると、赤ちゃんが無事か心配でドキドキしてしまって。「何かにはさまれてけがをしていないか」「ちゃんと息をしているか」ということばかりが頭に浮かんで。生放送が終わると、猛スピードで家に帰ったんです。
長野 そんなことがあったんですね。
永井 そのときにいろんなことを考えました。
スタッフのみなさんが懸命に準備して、それを最後に仕上げるのがアナウンサー。責任の重い仕事なんです。それを「子供のことを気にしている」状態で続けていくのは、仕事にも、子供のためにもよくないな、と思って。
日本に帰国する決断
吉川 子育てを最優先にする決断をしたんですね。その逸話は、小説『全力でアナウンサーしています。』のなかでも、使わせていただきました。仕事と結婚、出産、育児というのは、とても大切な問題ですよね。
永井 仕事はキャリアを重ねることで、うまくバランスがとれますが、子育ては、親の思い通りにはいかないことの連続です。私は不器用でしたから、両立は難しかったですね。アナウンサーって真面目な人が多いので両方完璧にやろうとして壁にぶち当たる事があるのかもしれない。
長野 すべてのテレビの仕事から離れる、という決断に後悔みたいなものはある? というのは、すごく悩んだんじゃないかなぁと思って。女性アナウンサーはテレビの仕事が大好きで、世間が思っているよりも、全力で取り組んでいると思うんです。そのなかで、仕事か育児か、どちらかを選択しなくちゃいけない、というのは、大変な決断だと思うんです。
永井 それが正しかったかどうかは、死ぬときになってみないと分からない。上手に両立している人も沢山いるので、人それぞれに最良の選択肢があると思いますけれど。