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「あぐり」に出演するかどうか、萬斎は「相当迷った」という。リアリズム演劇のテレビドラマに自分が出る必然性にも疑問があった。失敗すればかえって狂言のためにはならない。

 それでも「『花の乱』で身につけたテレビの演技術を、もういちど現代劇のなかで試してみたかったということと、留学を経て、狂言以外の世界で自分の実力がどの程度通用するのかを、見極めてみたい」(『萬斎でござる』)という思いが出演を後押しした。

 狂言で培った演技術も生きた。萬斎は、演じるキャラクター用の型をつくる事が自分の役作りで、それはまさに狂言のテクニックだと言う。

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「テレビや映画などでは、舞台とちがって、なりきり型にならないとうまくいかないように思います。そういう場合にも、型をつくることからはじめる狂言の技術が応用できるということが確認できました」(同)。  

「陰陽師」 

 萬斎の人気を決定付けたのは、平成13(2001)年公開の映画「陰陽師(おんみょうじ)」で演じた安倍晴明役だった。

映画『陰陽師』DVD

 作家・夢枕獏の伝奇小説が原作で、監督は、ピンク映画から「コミック雑誌なんかいらない!」で一般映画に進出し、「僕らはみんな生きている」等の話題作を撮っていた滝田洋二郎だった。

 平安時代の実在の陰陽師・安倍晴明が、妖術で都を滅ぼそうとする陰陽頭の前に敢然と立ちはだかる。萬斎は主役の安倍晴明を演じ、敵対する陰陽頭はハリウッドでも活躍する真田広之が演じた。

 この作品では、萬斎の身に付いた様式的な存在感が際立った。萬斎は「意味を伝えずとも音だけで人が気持ちよくなる、現れただけでハッと思われる役者になりたいという志向が最初からありました」として、「陰陽師」では「安倍晴明はまさに神秘的な存在感で、すっといる。声が呪文のようにスーッと聞こえる。場面場面にはほとんど意味がない。実はそれだけで撮っています。自分で芝居しているとはとうてい思えない。それが安倍晴明という役に凝縮されている気はします」と語っている(『狂言三人三様野村萬斎の巻』)。