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小学5年生の帰国子女の娘がクラスで浮いた存在に…日本人特有の「同調圧力」に悩む38歳の母親に鴻上尚史が答えた“2つの戦略”とは?

『鴻上尚史のほがらか人生相談 息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』より

2022/05/29
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 それでも、「なぜ日本はこんなに『同調圧力』が強く、『自尊意識』が低いのか」は完全には解明できません。僕は今も考え続けています。

 ただ、どんなふうに「同調圧力」が強く、どんなふうに「自尊意識」が低いのかはずいぶん分かってきました。

 つまり、敵の様子が分かってきたので、戦い方を考え出せるようになりました。依然として、なぜこんな敵が生まれ、こんなにも凶暴なのか(なんか、ファンタジー物語の悪魔誕生の由来みたいですが)はよく分かりませんが、戦い方は分かってきたのです。

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 言わずもがなですが、「同調圧力の強さ」がプラスに出ることだってあります。

 東日本大震災の後、略奪も起こらず、コンビニの商品が整然と並び、道路が一週間で復活して世界から奇跡だと讃えられるのは、私達日本人が簡単にひとつになれるからです。ですから、問題は、「同調圧力」ではなく、その強さと理不尽さなのです。

写真はイメージです ©iStock.com

同調圧力と戦うために「この国のかたち」を伝える

 さて、僕のアドバイスは、まず娘さんに、娘さんに分かる言葉で、「この国のかたち」を伝えることです。

 アメリカにも「同調圧力」はある。でも、それは日本ほど強くはない。だいいち、みんな「自尊意識」を持つように教育されている。アメリカの教育の目的は、健全な「自尊意識」を子供に持たせることで、これが「同調圧力」と戦う動機と理由とエネルギーになる。

 一方、日本では、「自尊意識」にたいする教育はほとんどなく、道徳の時間を含めて、「同調圧力」に敏感になることは繰り返し教えられる。

 だから、今、お前は日本と向き合っているんだよと伝えます。

 娘さんは「でも、みんなそんなふうに思ってないよ」と言うかもしれません。

 娘さんは自尊意識を大切にしようとするアメリカに住んだからこそ、日本の無条件の同調圧力に苦しめられているのです。高い自尊意識を持つ経験を知らない人が、理解できなくてもしょうがないと伝えましょう。

 僕がイギリスの演劇学校に留学している時、クラスメイトに寿司が大好きな奴がいました。彼はいつもスーパーの寿司を買って、昼休み、うまそうに食べていました。

 一度、僕のお気に入りの寿司屋に行こうと誘われました。そこは、日本人ではない人達が経営する「なんちゃって寿司屋」でした。彼、オーリーという名ですが、オーリーは「うまい、うまい」とそれは幸福そうに食べました。でも、僕の目の前にあったのは、寿司ではなく「寿司になろうとしている何物か」と「寿司とは違う方向に走り出している食物」でした。

 でも、オーリーは本当の寿司を知らないのですからしょうがないのです。この時、「これは寿司ではない!」とオーリーに叫んでも、オーリーはきょとんとするだけです。そして、もっと本気で叫んだら、間違いなく怒りだすでしょう。「僕の寿司を否定するのか!」と。

 娘さんがカラフルな服を着て、おしゃれを楽しむ時、「だって、着たい服を着るのは当然でしょ!」と叫んでも、そんなことを経験したことのない人達が理解するのは不可能なのです。