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ゴッホも感嘆! 養老院のコワモテ女性理事たち

 本作の筆致は――特に手の表現――かなり大ぶりで粗い。色彩は乏しいが、黒の多彩さにゴッホが感嘆したほどで、ランプの煤(すす)を使用した黒、赤褐色のマーキュロクロム液に混ぜた黒など、ニュアンスの微妙に異なる20種近い黒が数えられるというから驚く。また人物の描き分けが明確で、一人一人の個性が際立つ。

フランス・ハルス『ハールレム養老院の女性理事たち』1664年(フランス・ハルス美術館蔵、写真/ユニフォトプレス)

 ただしファッションは皆、似かよっている。被り物は白と黒に分かれており、黒いキャップは独特だ。富士額を極端にしたような形で(なにやら悪魔っぽい?)、現代人の目には奇妙に映る。フェルメールの『眠る女』でも若い女性がこのキャップをかぶっていたから、顔をハート型にみせるためのものなのだろうか。

 ここに描かれた女性全員の役職をあげてゆこう。

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 ニューヨークのハーレムはアフリカ系アメリカ人が多く住む地区だが、かつてはオランダ移民の居住区だった。彼らが故国の町ハールレム(Haarlem)の名を付け、やがてハーレム(Harlem)と表記されるようになった。

 元祖ハールレムはアムステルダムに近く、今もチューリップ栽培が盛んな豊かな町だ。ここで活躍したフランス・ハルス(1581/85頃~1666)は、最晩年の80歳の時、最後の集団肖像画『ハールレム養老院の女性理事たち』を描いた。この養老院の建物が現在のハルス美術館になっている。

 左端でテーブル上の金貨を片手でつまみ、もう片方の手を我々鑑賞者の方へ寄付を要求するかのように伸ばしているのは、会計係だ。隣には厳めしい表情の、おそらくこの中でもっとも高齢の女性。彼女は理事長補佐。中央で正面を向いて立っているのが、トップの理事長。リボン付きのレースを肩に掛け、日本風の扇子を持つ。口角を上げて微笑もうとして失敗したように見える。その横、テーブルに置かれた書物に腕をのせているのが秘書。彼女の背後から、養老院の寮母が何やら紙片を渡そうとしている。

 会計係、理事長補佐、理事長、秘書、寮母――ハールレム上流層に属する、5人の中・高年婦人たち。名士の妻である彼女らは生活のため働いているわけではなく、社会奉仕のため、名誉のためにこの座にある。養老院を管理し、恵まれない女性収容者のめんどうをみているのだ(男性収容者のためには、男性理事たちが別にいる)。

 画面全体が厳粛そのもの。笑みもなく寛ぎもなく、華やぎもなく、恐らく容赦もない。権力を持つ人間特有の自信と誇り、品行方正と正義感、揺るぎないプロテスタント信仰が放射される。

 私見であり偏見だが、彼女たちを見ていると映画『カッコーの巣の上で』(M・フォアマン監督)のラチェッド看護婦を思い出してしまう。精神病院の秩序維持と称し、患者たちの心の中まで管理しようとした有能な看護婦を……。