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ベイスターズファンからオリックスファンに伝えたい、敗北から立ち直るたった一つの方法

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/05/31
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この世で最も「失敗」が「負け」に直結してしまう、あの選手のことを思いました

 失敗は「負け」なのでしょうか。だとしたら先生、私は負けばかりの人生です。この道を通ると、いやでも思い出す、苦い記憶。私はかつて、野毛の入り口にあるこの夜間救急医療センターに運ばれました。徹夜明けで飲み散らかして、東神奈川駅でぶっ倒れていたところを運ばれました。家族に連絡がいき、何をどう聞き間違ったのか電話を受けた父親が「ちひろは死んだ」と母親に伝え、深夜ヘロヘロで点滴を打っている娘の横で「生きてたぁぁぁ」と泣き崩れる高齢の両親を見て、その時人生で初めて私は生きているんだと思いました。失敗が、負けが、私に生きていることを知らせてくれた。

 そしてこの世で最も「失敗」が「負け」に直結してしまう、あの選手のことを思いました。ルーキーイヤーからずっとリリーフを任されている、山﨑康晃投手のことを。みなとみらいの煌めきと対照的な、薄暗い高架下。光の見えない細くて長い道です。成功して当たり前、失敗すればチームは負ける。その重荷は決して分担はされず、リリーフピッチャー一人の肩にのしかかる。負ければ叩かれ、「ヤスアキは終わったよね」としたり顔でつぶやかれる。ベンチで涙を見せれば「泣きたいのはこっちだよ」とため息とともに責められる。

山﨑康晃 ©文藝春秋

 ベイスターズファンは「心の上腕二頭筋が鍛えられる」なんて強がりましたけど、本当はそうじゃない。先生、私この世にメンタルの強い人間なんていないと思うんです。メンタルが強いと言われてる人も、本当は普通に傷つくし、削がれる。一生懸命「メンタルの強い人」であろうとして、さらに自分を追い込んでしまう。ベイスターズファンだって、ヤスアキだって、きっとそうなんじゃないかと。

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 それでも、打たれても叩かれても9回のマウンドに執着し続けるのは、「勝ちたい」からなのではないかと私は思うのです。勝ちたい気持ちがどうしたって彼をそうさせる。それは負けを知っているからであり、負けの向こう側に必ず勝ちがあることを知っているから。勝負が二つに分かれる裂け目にクロスステップで投げ込みながら、リリーフエースは生きてることを実感しているのではないかと、ヤスアキを見るたびに思うのです。世界に一つだけの花が、容赦無く摘まれていくのがプロ野球の世界。勝ちと生が直結した世界の様相を目の当たりにして、たった一つの負けに打ちのめされ、関内から横浜まで重い鞄を引き摺りながら歩いてしまう私もまた、生きている。辛いけど。

 時代が時代なら、ベイスターズファンは伊能忠敬になったかもしれません。負けた日にひたすら歩いたら、相当な測量できます。紅葉坂あたりで煩悩は夜空に弾け、海の藻屑となりました。港町っていいですね。波が全てを押し流し、新しい明日を連れてきます。先生、負けた時の立ち直り方、それはもう言うまでもないです。

 飲んで記憶を無くすことです。

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