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取り付く島がない潮田と食い下がる瀬戸

「本当に指名委員会の総意なんですか」

 しばらくの沈黙を経て瀬戸は潮田に二度同じことを尋ねたが、潮田は「ええ。指名委員会の総意です」と言った。取り付く島がないことはわかったが、それでもこう食い下がった。

「中期経営計画がスタートしたのはこの4月です。わずか半年で辞めるなんて無茶ですよ。しかも4日後なんて従業員に説明がつかないし、そもそも株価が暴落します」

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 しかし潮田は何度も「指名委員会で機関決定したのだから仕方がないでしょう」としか言わず、電話を切った。瀬戸はひとまずカップに残っていたカプチーノを一気に飲み干した。本場の味を楽しむつもりで注文したが、すっかり冷めている。美味いはずがない。レストランには休日の朝を楽しむ観光客の声が響き渡っていたが、その中で一人、瀬戸は瞬きもせず、窓の外をじっと見つめた。

巨大メーカーの誕生

 LIXILグループはサッシやトイレといった住宅設備機器を手がける国内最大のメーカーである。傘下に約270社のグループ会社を抱え、150以上の国と地域で商品やサービスを提供している。2022年3月期の売上高は1兆4285億円、従業員は全世界で約6万人にのぼる。

©getty

 公表している会社の歩みを見ると、同社は2011年、トステムとINAX、新日軽、サンウエーブ工業、東洋エクステリアが一緒になって誕生した会社となっている。一度に5社が統合して、巨大住設機器メーカーが誕生したという印象を与えるが、厳密にはいくつかの段階を経ている。

 まずは遡ること10年前の2001年、サッシや窓、シャッターなどを製造・販売するトステムと、トイレや洗面器などを手がけるINAXが経営統合し、INAXトステム・ホールディングス(HD)が誕生した。

 INAXトステムHDは2004年、住生活グループに社名を変更している。潮田の父親で、1949年にトステムの前身である日本建具工業を設立、当時はINAXトステムHDの会長だった潮田健次郎の意向によるものだった。健次郎は住宅関連商材を総合的に取り扱う会社という意味を新社名に込めたが、住宅関連以外にも手を出すといった野放図な多角化はしないという含意もあったといわれる。

 住生活グループは2010年にシステムキッチンやシステムバスなどを製造・販売していたサンウエーブ工業とサッシ大手の新日軽を傘下に収め、健次郎が社名に込めた思いはさらに具体化した。残る東洋エクステリアはもともとトステムの関連会社として1974年に誕生した会社で、2000年に完全子会社となっている。つまりLIXILグループの中核となっているのはトステムとINAXで、そこにサンウエーブ工業と新日軽、東洋エクステリアがくっ付いていると理解した方が分かりやすい。

 2021年に複数回にわたる情報システムトラブルで経営トップが辞任に追い込まれたみずほフィナンシャルグループは、同じメガバンクの三井住友フィナンシャルグループや三菱UFJフィナンシャルグループの後塵を拝し、常に業界3位に甘んじている。原因の1つは、みずほの母体となっている日本興業銀行、第一勧業銀行、富士銀行出身者に旧行意識があるからといわれる。それを踏まえるとLIXILグループは5社のDNAが混ざり、せめぎ合っている会社と映るかもしれないが、歴史的な経緯もあって実際に残っているのはトステムとINAXの企業カルチャーだけである。