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 事件ごとに取調べを担当する刑事は取調べ官、通称“調べ官”と呼ばれる。調べ官が自分の口から、自分の言葉で取り調べを行えればいいが、必要とされる言語ができなければ通訳人が必要になる。通訳人には、捜査権を持たない内部の通訳職の通訳官もいれば、民間の通訳人もいる。通訳人に頼むだけでなく、A氏を始め、取り調べに慣れた刑事が気をつけていたのがこの一呼吸だ。

調べ官への対し方を決めさせる“間”

「通訳人が『黙秘権という権利があなたにはある。これは言いたくないことは言わなくていい権利、無理に話さなくてもいい権利です』と言い、ここで一呼吸おいたとする。人間の心理として、ここで一呼吸おくことで、相手に頷く間を与えたいのだろう。

 ところが、そこで言葉が切れると、『黙秘してもいい』という言葉が強く印象に残り、被疑者は『これはいいことを聞いた』『ラッキーだ』と思い、だんまりを決め込むようになってしまう」(A氏)

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 ほんの一呼吸は、黙秘権を伝える時に人が作りやすい間のようだ。被疑者は、その後は何も言わなくなり、捜査に非協力的になるという。

 こういう事態を避けるのに必要なのは、実に簡単なことだった。

「黙秘する権利があると伝えてすぐに『だが、やってしまったことだから、真実を言いなさい』と通訳人に伝えてもらうこと。ただそれだけだ。言葉からくる印象は、このわずかな間で変わってしまう。外国人被疑者の取り調べでは、この“間”が重要な意味を持つ。たたみかけることで被疑者は、黙秘より話した方が自分のためだと感じ、調べ官に真剣に向き合うようになる」(同前)

 たった一呼吸の差が調べ官への対し方を決めさせるのだ。

特殊外国語を通訳できる者は数名のみ

 一呼吸を置いてしまうことで、たとえ供述を始めても二転三転し、真実が見えなくなる。

「中国なら黙秘するかいい加減な供述をすれば、取り調べがさらに厳しくなるが、日本では黙秘権を行使しても制裁は受けない。中国では日本のような精密な捜査はせず、お前がやったんだろう、お前が犯人だろうという推測で裁判が進行するところもある。そのため被疑者は、やっていないと強く主張すれば、なんとかなると考えて否認を続ける」とA氏は彼らの心理を説明する。

 取り調べでは、被疑者に弁護人選任権も伝えなければならない。フィリピン人被疑者には、この権利を理解させるのが難しかったと元刑事B氏は話す。島々が点在するフィリピンでは、その地域独特の少数民族の言語が存在する。日本でこうした特殊外国語を通訳できる者は、どの言語でも数名しかいない。