天皇皇后両陛下は6月9日、ご結婚29年を迎えられました。元学習院OBオーケストラ副団長で、天皇陛下の相談役を長年にわたって務めた鎌田勇氏の手記(「文藝春秋」1993年3月号)を再録します。(全2回の1回目/後編に続く)
(※年齢、日付、呼称などは掲載当時のまま)
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音楽はお立場を離れられる唯一の場
今年の1月5日、私は御所にご年始に伺ったのですが、そこで皇太子殿下と私と2人だけで、次の演奏会の曲目の打ち合わせや、殿下の中東ご訪問(後にイラク情勢のため延期)についてお話しいたしました。その会話の折、ふと「実はこの話はまだ両陛下と向こうのご両親しか知らないことなのですが……」と、殿下ご自身から小和田雅子さんとのご結婚のことを打ち明けられたのです。
私自身、これまで殿下とお付き合いさせていただいているなかで、ご婚約のことはなんとなく予期していたことですので、「それは大変おめでとうございます。正式にお決まりになられましたら、改めてお祝いいたします」と申し上げただけで東宮御所を後にしました。
私が皇太子殿下とはじめてお目にかかったのは、10年ほど前、殿下が学習院大学をご卒業になって、『学習院OBオーケストラ』のメンバーに加わられた頃です。私もメンバーの1人ですし、殿下と同じビオラを弾くということもあって、以来、親しくお付き合いさせていただいております。お目にかかってからしばらくして、拙宅の練習場に殿下がわざわざおいでになるようになって、ビオラの練習や室内楽を楽しまれるようになりました。
音楽をやる方ならばどなたもそうだと思いますが、一旦、演奏が始まってしまえば、演奏者は同等なんです。皇太子殿下も平民もなく、団員はみんなまったく同じ扱いであって、たとえ皇太子殿下といえどもメンバーの1人ですから、もし殿下の演奏がうまくいかない時は遠慮なしに申し上げる。われわれメンバーの側からしても、殿下とごいっしょに演奏しているという意識もまるっきりなくなってしまうんですね。殿下にとってはそういう雰囲気を逆に新鮮にお感じになって、いい意味で気分転換されているようにお見受けいたしました。
殿下は悪い意味ではなくお立場上、たいへん孤独であられると思います。というのも常に周囲に気を配り、しかも特定の気のあったひとたちだけと付き合うということは依怙贔屓になるのでお出来になりません。ご自分を厳しく律せられなければならないお立場でしょう。さらに公式の行事にもたくさんご出席になりますし、息つく暇もないスケジュールでいらっしゃいます。そうしたお立場を離れることが出来る、1つの逃げ場が音楽ではないかという気がいたします。殿下はひとりで練習なさったり、皆と合奏したりなさることで、お立場上の孤独を慰めておられるのではないでしょうか。