二瓶 私も、着物は着なくなったなぁ~(笑)。「いらっしゃいませ」とか、やってる場合じゃなくなって。現場を走り回っています。
ただ、どんなに忙しくても、10月の紅葉シーズンに客室を止める勇気はなかったです。スタッフも私も、いっぱいいっぱいという時でも、やっぱり休むのは勇気がいるんです。宿泊業では、今日の空室は明日売れない。「今日の空室は今日が賞味期限」なので、在庫を抱えずに売り切っていかないといけないので……。それが難しいところですね。
「昨日は誰が泊まった? 都内の人?」
――先程、スタッフの中でもコロナに対する考え方が様々だったと伺いましたが、泊まりに来るお客さんの間でも、かなり違いはあるのではないでしょうか。
二瓶 仰る通りです。私たちも、お客様の気持ちにできる限り寄り添いたいのですが、今以上に厳しいコロナ対策を望む方もいらっしゃいますね。
通常、お客様は客室に入ればマスクを外すんですが、センシティブな方は家族全員マスクを外さなかったり。「部屋にスタッフは入らないように」と、バスタオルなど、普通なら客室にお届けする物も「入口に置いておいてください」と言われたり……。
――逆に、ゆるいお客さんもいましたか?
二瓶 うっかり系ですね(笑)。湯上がりにラウンジでビールを飲んだ後、館内でマスクをしていないことに気づかないとか。
――お客さん同士のトラブルはありましたか? 私は宿泊先でたまたま、マスクをしていない他のお客さんを指さして「注意して」と、近くにいたスタッフに詰め寄る方を見かけたことがあります。
二瓶 そうしたことは幸いなかったですね。ただ、コロナを気にされるという点では、「この部屋は、昨日は誰が泊まった? 都内の人?」と聞いてくる方はいました。
「うちは全てのお客様を受け入れています。マスクをしていただいていますし、コロナ感染対策のアンケートに答えていただいて、感染者に該当しないお客様を受け入れています。お掃除と消毒もしています。それでも、都内のお客様がいる宿には泊まりたくないということでしたら、他の宿にご移動いただいて構いません」と説明しましたが、「都内の人を受け入れているんですね……」と、呆れたような反応でした。
――東京からの宿泊客を気にする人は多かったですか?
二瓶 予約の段階で、「関東方面のお客さんは受け入れていますか?」と聞かれて、「受け入れています」と答えると、「わかりました」と電話を切られる……そういう反応が多かったのは確かです。
経営者としてブレずにいること
――なるほど……。他にも、コロナ禍だからこそ、特に対応が難しかったことはありますか。
二瓶 そうですね……。お客様のなかには、スタッフひとりひとりに、ご自身のワクチンへの考えを強く仰る方がいました。そうしたお客様の考えにあわせるような会話をしていましたが、例えば「ワクチンは打たないほうがいい」と仰る方のすぐ隣には、ワクチンを打った上で来てくださったお客様もいらっしゃったでしょうし……。
――コロナだけでなく、ワクチンについても考え方は人それぞれなので、配慮すべき場面が多いですね。
二瓶 私自身はスタッフに対しても、ワクチンを打ったかは確認しないし、私が打ったかどうかも言わないようにしていました。「打った」「打たない」と私が言うと、スタッフにとっては「打つべき」「打たないべき」というプレッシャーになりかねないので。
それよりも、自分の宿がどう考えているかを明確にすることが一番大事だと考えていました。うちは「国の指示に従って、国の規定に基づいて行動する」と決めて、旅館経営者としてブレずにいようと。そうじゃないと、所作か何かで、お客様に対してもブレが出てしまうと思うんです。
撮影=橋本篤/文藝春秋