都心から1~1.5時間ほど離れたエリアを「トカイナカ」と呼び始めたのは、1985年から所沢と都心の二拠点生活を実践している経済評論家の森永卓郎氏だ。そして2022年現在、コロナ禍を機に始まったリモートワークやワーケーションの流れを受け、埼玉、千葉、神奈川、栃木、山梨などの「トカイナカ」に注目が集まっている。

 ここでは、そんな「トカイナカ」の生活スタイルや魅力を綴った神山典士氏の著書『トカイナカに生きる』(文春新書)から一部を抜粋。3年間、家を持たずに過ごしていた30歳女性の“新しい生き方”を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く

写真はイメージです ©iStock.com

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家を持たなくても働ける若者たち

「私は2019年から21年にかけて、約3年間は住所を持たずに暮らしていました。それ以前は薬剤師をしていました」

 屈託なくそう語ってくれたのは、「イナフリ」で運営統括を務めている松岡マイだった。30歳。イナフリを受講したのは2019年秋のこと。それ以前から派遣の薬剤師をしていて、請われるままに沖縄、静岡、北海道の病院や薬局で、3カ月から半年単位で働いていた。

 派遣先では雇い主が家を用意してくれる。その後イナフリ受講生を経て、運営側のスタッフになった際には、イナフリの開催中は主宰するPonnufが用意するシェアハウスに暮らしていた。

「だから2021年までは自分の家がありませんでした。旅は好きなので楽しかったけど、そろそろ落ち着きたいなと思い、22年からは埼玉に住み始めました」

 とはいえ、彼女は最近語られるようになった「アドレスホッパー(住所を持たずに各地のゲストハウス等を転々とする若者)」とも少し異なるようだ。旅好きであることは間違いないが、サーフィン命とかカヌー命といった「各地を転々とする」テーマがあるわけではない。これまではたまたま「派遣」の仕事に就いていたので、家を持つ必要がなかっただけ。むしろ「イナフリ」と出会ってからは、新しいビジネスの構築に燃えている。

 家はなくても彼女にはしっかりした仕事のビジョンがある。聞いていくと、「そりゃ仕事は溢れてるよな」と納得できる働き方だった。