飛田・松島・信太山・今里・滝井……と、これらの地名にすべて心当たりがある人は相当な好事家である。いずれも大阪府内の旧遊郭(五大遊郭)の場所で、しかも戦後も「料亭」という形態で裏風俗エリアとして存続してきた、関西屈指のディープスポットである。

 もっとも、全国的な知名度を持つ飛田新地と、京阪神ではある程度は知られている松島・信太山の両新地に対して、生野区にある今里新地は影が薄い(ちなみに滝井新地はもっと知名度が低い)。ただ、このマイナーな裏風俗スポットは、近年になり新たな顔を持ちつつある。それはベトナム人の急増だ。しかも、他の地域ではあまり見られない業種の商売もかなり多いのである。

ファッション好きのアキさん、語る

 5月25日午前11時、近鉄大阪線の今里駅で降りた私たちが歩いていると、商店街を数十メートルも進まないうちに赤地に金星が輝くベトナム国旗を見つけた。雑居ビルの2階にある店舗は、どうやら雑貨店やレストランではなさそうな雰囲気だ。

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 さっそく階段を上がってみると、女性向けの服がずらりと並んだ店内で、若い女性がミシンに向かって作業している。室内なのにおしゃれなサングラスをかけており、シンプルないでたちながら、なんとなく洒落っ気がある。

来日4年目のアキさん。21歳にして異国で起業。2022年5月25日。撮影:Soichiro Koriyama

「ここは何のお店ですか? ベトナムに興味があるんですけど、写真を撮っていいですか?」

「いいですよ。うちはベトナム人の女の子向けの服屋なんです」

 流暢な日本語だ。彼女はベトナム北部のハイズオン省の出身で、現在22歳のアキさん。母国語の本名に、秋を意味する「トゥーッ(Thu)」という音節が含まれているので、日本では「アキ」の名前で通しているらしい。なので、こちらの店名はAKI STORE、社名もAKI合同会社である。

ベトナム人は日本の服のSサイズでもキマらない

「神戸の某私大に留学していたんですが、オンライン講義ばかりで、講義後に先生にわからないことを聞くことも友達を作ることもできない。なので、学費がもったいないのでやめて、起業したんです」

ハイズオン省にいるアキさんの実家のお母さんは、オーダーメイドスーツの職人。母子2代でアパレルの仕事は慣れている。2022年5月25日。撮影:Soichiro Koriyama

 近年、日本の若者のファッションは、色合いが地味でユニセックスなデザインが流行だ。だが、これはベトナム人の女の子にはいまいちピンとこない。そこでアキさんは自分で店をはじめてみることにした。

「服はベトナムと中国と韓国から買っています。あっちのデザインのほうが、私たちの好みに合う。あと、サイズの問題です。ベトナムの小柄な女の子の体型だと、日本の服はレディースのSサイズでも腰回りがブカブカで、いまいちキマらなくて。リフォーム代が余計にかかってしまうんです」

ベトナムで流行するファッションを厳選して店に置く。2022年5月25日。撮影:Soichiro Koriyama

 彼女によると、こうした同胞向けのベトナムアパレル店は大阪府内に5軒ほど、うち生野区内に3軒が集まっているという。AKI STOREはまだ開店して1ヶ月だが、20代のベトナム人女性を中心にリピート客をつかんでいる。