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2022/06/16

塗り替えられるコリアンタウン

 今里新地がある生野区は、もともと在日コリアンが多いことでも知られている。近年の韓流ブームのなか、鶴橋駅前の商店街や桃谷3~4丁目付近の生野コリアンタウンはかなり観光地化したが、区内の他地域はもっと泥臭い“在日文化”がまだまだ残る。

 特に今里新地付近には、長年営業していそうなローカル向けの韓国焼肉店や、ハングルを併記したプロテスタント系の教会など生活感が漂う。男性が一人で歩いているとおばちゃんが声をかけてくる「料亭」と、オールドカマーの在日コリアンの店舗が雑居するカオスな光景が、この街の日常だ。

左手前は韓国料理店かと思わせて、ベトナム国旗を掲げるバインミー屋が居抜き営業中。右奥には「料亭」らしき建物も見える。2022年5月25日。撮影:Soichiro Koriyama

 だが、実は今里新地の周辺は、いまやコリアンタウンであることを徐々にやめつつある。理由は在日コリアンたちの“卒業”と、他の外国人の進出だ。「料亭」をひやかしながら街を歩くと、簡体字だけの看板を出した中国東北部(旧満洲)の料理店や、ベトナム系の店舗が数多く見つかる。

 かつてこの街の主役だった在日コリアンたちは、3世、4世と世代を経るごとに日本社会のメンバーとしてより主体的な存在に変わり、別の土地に転居する人も出てくる。現在はそうして生まれたニッチに、他の国から来た新たな移民たちが入っている形だ。おそらく2010年代前半まで中国人がある程度進出し、その流れが止まったここ5年ほどで、今度はベトナム人が増えたのだろう。

 なかには「풍년괸 豊年館」という韓国料理店の看板を残したままの建物が、居抜きでベトナム料理店になっている店まであった。店先に児童用自転車が2台置かれていたので、きっと買うか借りるかした焼肉店を住居兼店舗にして住んでいる、在日ベトナム人の家族がいるのだ。

外国人移民にとっては住みやすい場所

 私は先日、同じく大阪市内の旧遊廓である飛田新地に隣接する西成区の動物園前商店街に、100~200店舗もの中国人のカラオケ居酒屋が展開し、さらにはベトナム人コミュニティの急速な拡大がみられることを伝えた。市内のベトナム人口は西成区と生野区が圧倒的に多く、2021年末時点でそれぞれ2700人以上のベトナム人が暮らしている(転居を届け出ていない人を含めればもっと多いだろう)。

 先の記事でも書いた通り、大阪は東京と比べて土地が古く、旧遊郭や裏風俗街、日雇い労働者の多い地域、在日コリアンタウン、さまざまな歴史的事情を抱える地域……と、前近代や戦前からの個性を濃厚に引き継いだ場所が多い。

ベトナム人のおしゃれガールズと家族連れの街になりつつある今里新地だが、もちろん現場系のベトナムおじさんたちもいる。こちらは新装開店のレストランの準備中。壁の落書きはインテリアだ。2022年5月25日。撮影:Soichiro Koriyama

 だが、重い歴史を好まない日本人もいることで、都市の中心部に近い立地にもかかわらず、これらの場所は地価が安くなる。逆の視点から見れば、土地の事情に拘泥しない移民にとっては住みやすい場所が数多くある。

 日本に定住する外国人は、最初は日本人客向けのレストラン、人数がすこし増えてくると同胞向けのレストランや雑貨店を経営──。というパターンをたどり、さらに人数が増えると、同胞向けのアパレル店や美容室・美容サロン、子ども用品店、フリーペーパー出版社といったさまざまなエスニックビジネスを花開かせる。

 生野区のベトナム人社会は、すでにこの第3段階まで来ているようだ。大阪の裏風俗エリアから、新しいフェイズに入りつつある日本の移民社会が見えてくる。

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