1973年4月20日。復活祭直前の聖金曜日であるこの夜、母親のクラーネルはパーティに参加してから帰宅した。
上機嫌で鼻歌を歌い、おぼつかない足取りが大きな足音を立てる。その物音は、就寝中のケンパーを目覚めさせるのに十分なものだった。
ケンパーはむくりと起き上がり、トイレで用を足すと、寝室へ戻る途中でクラーネルに「おやすみ」と声をかけた。
結果的にはこれが、母子にとって最後の会話となる。
ケンパーはクラーネルが眠りにつくのを待ち、午前5時頃、金槌を片手に彼女の寝室に忍び込んだ。
そして、気持ちよさそうにいびきをかくクラーネルの頭にめがけて、金槌を力いっぱい振り下ろす。
死んだ母の舌と喉を切り出し…
苦しむ間もなく生き絶えた母親の首を、慣れた手つきで切り取るケンパー。母親を屍姦したうえ、彼はその頭部を棚に飾るように置き、思いつく限りの罵声を大声で浴びせ、独り悦に入った。
その後は母親の頭部を的にダーツの矢を次々に投げ、原型をとどめなくなったところで最後は舌と喉を切り出し、台所の生ゴミ処理器に廃棄した。
ボゴボゴとディスポーザーで粉砕される母親の舌と喉。長年にわたって自分を罵り続けた彼女の最期を、ケンパーはどのような思いで見ていたのだろうか。
必要な決別の儀式だったのか。それとも、我に返り後悔の念に駆られていたのか。
今となっては誰にもわからないが、後のケンパーの供述にはこんな発言が記録されている。
「ヤツのガミガミとうるさい声帯をディスポーザーに押し込んだら、途中で機械が詰まってしまい、おれをめがけて血膿が飛んできたんだ。……あの女は死んでも口喧しかったよ」
偽装工作を目論んでさらに殺人を重ねる
しばらくして犯行の露見を恐れはじめたケンパーは、母親の同僚に電話をかける。
母親にサプライズパーティを仕掛けたいから家に来てくれないか、と。
だがパーティの予定などあるはずもなく、同僚が到着するなりケンパーは彼女を殺害。2人が旅行に出たと見せかけるため、偽装工作を目論んで犯した殺人だった。
母クラーネルの死体をクローゼットに隠し、同僚女性の死体はケンパーのベッドに寝かせ、彼自身はその晩、母クラーネルのベッドで眠ったという。
ケンパーは、しばらく逃亡を試みるが、3日後、突如思い立ったように公衆電話から警察に電話をかけ、自首している。
取り調べですべての犯行を詳細に自供したケンパーは、その過程でこう言ったという。
「もう、何も目的がなくなった。おかげで自分のやっていることがバカバカしくなり、疲れてしまったんだ」
母親に手をかけたことで、すべての目的を達成したということなのか。
かくして、サンタクルーズを恐怖のどん底に突き落としたシリアルキラーは、再び収容されることとなる。
なお、ケンパー自身は死刑を希望したが、この当時、カリフォルニア州では死刑が一時的に停止されていた(1977年に再開。2019年に執行を一時停止)。そのためケンパーは今もカリフォルニア州立医療刑務所に収容中である。
犯罪ドキュメンタリー・トーク番組「トゥルークライム アメリカ殺人鬼ファイル」