「ホン・サンス以前とホン・サンス以後」と言われるほど韓国映画界に影響を与え、その独特な作風は「韓国のエリック・ロメール」とよばれ熱烈な支持を得ているホン・サンス。これまであまり語られることがなかったその素顔を徹底解剖する。

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 1996年は韓国映画を代表する2人の天才監督、キム・ギドクとホン・サンスがデビューした、記念碑的な年だ。しかし、同じ1960年生まれで全く無名だったという共通点を持つ2人のデビュー作への反応はあまりにも違っていた。

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 キム・ギドクのデビュー作である『鰐 ワニ』は、ごく少数の専門家にだけ注目されたとすれば、ホン・サンスの『豚が井戸に落ちた日』は韓国映画界全体が揺れるほどの話題を集めた。

 三流小説家のヒョソプが愛する既婚者のポギョン、ヒョソプに片思いするミンジェとポギョンの夫。この4人と4つのエピソードを通じて彼らの日常の中の関係をのぞき込んだこの映画は、「韓国映画が近寄らなかった地平を征服した」という賛辞を受け、史上最も衝撃的なデビュー作として記憶されている。

ホン・サンス監督 ©AFLO

 ホン・サンス監督と親交のある映画専門記者で評論家のオ・ドンジンは、当時の映画界の反応について次のように回想する。

「当時、ハリウッド映画を模倣した小規模の商業映画が現れ始めた時期だったが、彼の映画は物語の展開方式やテーマに対するアプローチも異なりすべてが新しかった。テーマをよりリアルに捕まえ、人間が持っている“偽善”“低劣さ”“卑屈さ”“窮乏”などを隠さず私たちの自画像を逆説的に見せてくれる。“韓国映画はホン・サンス以前とホン・サンス以後に分かれる”という話がでたほどだった」

「愚かなことをし、自殺するところだった」

 ホン・サンスは、韓国初の女流映画製作者として映画史に足跡を残したチョン・オクスク氏の息子として生まれ、裕福な幼い時代を送った。両親の離婚で青少年期は彷徨っていたが、一時、作曲家を夢見たりもした。やがて中央(チュンアン)大学演劇映画科に進学した。

 80年代の韓国社会は、軍部独裁とそれに抵抗する学生たちの「民主化運動」で混乱した時期だった。ホン・サンスは03年、フランスの「ルモンド紙」のインタビューで、「当時、自分は愚かなことをし、自殺するところだった」と打ち明けている。

 暴力的で躍動的な社会の雰囲気に適応できず、現実から逃げるように退学して米国留学をする。韓国映画でよく見られる政治的、かつ社会的イシューに対するメッセージがホン・サンス映画ではあまり見られないのは、彼の成長過程から背景を見出すことができるかもしれない。