年下女優との“不倫スキャンダル”
ホン・サンスの映画はいまやカンヌ映画祭やベルリン映画祭、評壇からも「高貴な映画」として位置づけられるようになった。役者たちは彼の映画に出演することを光栄に思い、韓国はもちろん、世界の映画界の巨匠として認められてきた。
しかし、『正しい日 間違えた日』(15)で出会った女優キム・ミニとの不倫スキャンダルで、保守的な韓国社会は彼に背を向けることになる。美しくて若い女優と中年の既婚者監督の不倫はゴシップ好きな大衆とマスコミの良い餌食となる。
その後、「ホン・サンスが母親から1000億ウォン台の莫大な遺産を受け継いだ」「奥さんは経済的困難に直面しているのに、娘の学費さえ支払わない」などのデマも広がり、国民的に指弾される「ゲス不倫」の当事者となる。その後、韓国内ではすべての公の場に姿を現わさなくなった。
「キム・ミニと出会い、恋に落ちスキャンダルで騒がれた後、『夜の浜辺でひとり』(17)という映画で、ホン・サンスは自分が社会で経験するジレンマについて告白した。キム・ミニという人生の変数の前で、戸惑う姿がよく現れたかなり激情的な映画だった。世間の非難にひどく苦しんだのだろうが、それも自分の作品に見事に昇華させたのだ」(チェ・グァンヒ)
キム・ミニとの出会いで生まれたもの
以後、『逃げた女』(20)まで、7本の映画をキム・ミニと撮り続けてきたが、『イントロダクション』(21)からは、新しい俳優たちがホン・サンス映画を率いている。
「最近の映画ではウィットや嘲弄は減り、洞察力が熟した。キム・ミニとの出会いで経験したことで世の中を眺める目が温かくなったのでないか。映画監督以前に個人的な屈折を通過して、映画も熟して行くようだ」(チェ・グァンヒ)
「ホン・サンスにとって映画とは“日記”のようなものだ。最新作『小説家の映画』(22)でも、イ・ヘヨンの口を通じて自身の話をしている。いつからか彼の人生はキム・ミニに傾いており、関連した些細な話がモチーフになっている。ところが、それが世の中を生きていくための不思議な見透す力をもつ。人々の果てしない二重性と偽善、その中の不安と焦燥に、人生の真実が隠れていると語っているようだ」(オ・ドンジン)
ホン・サンスは、キム・ミニとの出会いによって、壊れてしまった関係、あるいは新たに生まれた関係を作品に昇華させている。発表された作品が以前に比べてマイルドになったと評価されるのは、ホン・サンスが自分の傷を通じて世の中を眺めることができるようになったためかもしれない。
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『週刊文春CINEMA! 2022夏号』では、ホン・サンス監督の新作『イントロダクション』で主演を務めたシン・ソクホ、パク・ミソへの特別インタビューを実施。さらには、日本では『イントロダクション』と同日公開となる『あなたの顔の前に』の紹介や、“どれを見ても同じ!?”なホン・サンス作品のグラフィカル図解など、9ページに渡る大特集を掲載しています。
ホン・サンス 1960年韓国・ソウル生まれ。96年に長編デビュー作『豚が井戸に落ちた日』で絶賛される。2014年、加瀬亮を主演に迎え『自由が丘で』を発表。20年、キム・ミニ主演作『逃げた女』でベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)。22年に最新作『小説家の映画』でも銀熊賞(審査員大賞)を受賞し、3年連続4度目の銀熊賞受賞の快挙を果たした。