「ストレート」と英語で伝えても通じない
思わず道路を指さし、「ストレート!」とつぶやくと、彼女は What? と首をかしげている。
What did you say? I donʼt understand what youʼre saying.
なんて言ったの?何、言ってるんだか、わかんないわ。
「ストレート」は英語でも、もちろん「ストレート」のはずなのに。
何度、言い直しても通じない。
その時、カーステレオから、ハリー・ニルソンの名曲「ウィズアウト・ユー」(Without You)が流れてきた。当時、日本でつき合っていたボーイフレンド(今は夫)と、よく聴いた歌だ。
I canʼt live if living is without you. / I canʼt live, I canʼt give any more.
生きられない あなたのいない人生なんて もう耐えられない 耐えられないの
私はここに、これから1年近くもいるのか。飛行機を2度も乗り換え、こんな遠くへ飛んできてしまった。
ホストファミリーの家に着くと、ホストマザー(以下、マム)が言った。
「日本のお母さんに電話して、無事に着いたと伝えてあげて」
受話器の向こうの母の声は、まるで隣の部屋にいるようにはっきり聞こえた。
「心配してたけれど、無事に着いたのね」
「うん」と答える私の声は、涙で震えている。
反対を押し切って英語の世界に飛び込んでしまったことを、すでに後悔していた。
「英語わかんないよ。日本に帰りたいよ」
ウィスコンシン州の小さな町で耳にする英語は、私が中学・高校で6年間、習ってきた英語とはまったく別物のように聞こえる。話すスピードが、ものすごく速い。しかも、1つひとつの単語を、私が学校で習ったように丁寧にはっきりと発音しない。
単語と単語を続けて、しかもやけに鼻にかけたような音を出したり、母音を聞き慣れない音で発音したりする。
Could you please speak more slowly?
もっとゆっくり話して。
そう頼むと、単語と単語は続けたまま妙にゆっくり話すので、もっとわかりにくい。
私は日本の公立中学校で、文法と読み書き中心の授業を受けた。そして「英語の青山」といわれた青山学院の高等部に進学。ネイティブ・スピーカー(以下、ネイティブ)のアメリカ人教師が英会話を教え、さらに私は選択科目でも英会話を取っている。
英語が大好きで、得意だった。学校帰りに週2度、英会話学校にも通っていた。
それなのに。
ひとりぼうっとしていると、隣に住んでいた同学年のメアリージョーが私に声をかけ、彼女が自分で答える。
Mitz, are you bored? I think so.
ミッツ、つまんないの? そうなんだよね。
先生や友だちはミツヨという私の名前が覚えられず、ミッツやミッツィと呼んだ。
つまんないよ。英語わかんないよ。日本に帰りたいよ。
心のなかでそう叫んでいた。でも首を横にふり、作り笑いするしかない。