思い切って話しかけた言葉とは?
最初は心臓が飛び出しそうだったし、顔もひきつっていたけれど、だんだん自然に、抵抗なくできるようになっていった。
あとで親しくなった下級生が、「ミッツィを最初に見かけた時、話しかけたかったけれど、なんて声をかけていいか、わからなかったの」と言った。アメリカ人もそんなふうに思うのか、と意外だった。
高校でフットボールの試合が行われた時、相手校の応援に長い黒髪の少女がいた。一緒にいたディーディーが、「あの子、きっとアジア系よ。話しかけてみな」と言う。
他校の生徒に? アジア系だからって、赤の他人に何て言えばいいの?
Go for it!
やるっきゃないよ!
そうディーディーに背中を押されて、思い切って話しかけた。
Hi. Where are you from?
どこから来たの?
その人は笑顔で言った。「両親がフィリピン人で、私はアメリカで生まれたのよ」
その日の日記に、英語でこう書いている。
「いろいろな人を知らなければ。フィリピンの人と生まれて初めて関わりを持てた。あれこれ考えずに思い立ったら、Just do it! (やってみな!)。話しかけてみなきゃ。自分から口を開かなきゃ。相手はすばらしいものを、持っているかもしれない」
「便秘」に青でアンダーライン
「これから私たちを、マムとダッドと呼んでちょうだい。あなたのアメリカのお母さんとお父さん。私たちの子どもとして、ここで暮らすことになるのだから」
最初の夜、マムは私を抱きしめ、そう言った。
翌日、マムとキッチンで話した。10か月間、預かることになる私のことを、いろいろ知っておかなければいけないと思ったのだろう。
健康上、何か心配なことはある?
そう聞かれたので、「とくにないけれど、環境が変わると便秘がちになる」と伝えたかった。でも、便秘? 便秘って、英語で何?
「食べた物がおなかに入って、それが出てこないんです」
苦しそうにおなかを押さえ、ジェスチャーを交えて説明したけれど、マムは眉をひそめている。
マムは、私が手に持っていた、てのひらサイズの辞書を指さしながら、言った。
Honey, why donʼt you look it up?
ハニー、調べてごらん。
この辞書は革の表紙で、私には高価なもの。和英と英和がひとつになっている。気に入っていたので、書き込んだり、アンダーラインを引いたりせず、汚さないようにきれいに使っていた。私を英語の世界へ連れていってくれる、大切な宝物だった。
和英で「便秘」を引くと、constipation という単語だった。マムは私の辞書に手を伸ばすと、青のボールペンで、太くくっきりとアンダーラインを引いた。さらに目立つように、単語の前に「X」と書き込む。
宝物に、なんてことを! しかも花のセブンティーンの私の辞書に、よりによって「便秘」の文字をこんなにしっかり、目立たせなくても。
マムは満足気に、ほほ笑んでいる。
「さあ、これで覚えたわね」
おかげで、忘れたくても、忘れられなくなった。
状況とともに、そしてこの場合はショックも加わって、心に強く刻みつけられた言葉は残りやすい。
食卓の私の席の脇にはいつも、英和と和英のもっと大きな辞書が置かれていた。ホストファミリーと会話していてわからない単語が出てくると、ダッドが必ず辞書を指さし、言った。
Look it up.
調べてごらん。
面倒だったけれど、食事を中断して辞書を引いた。彼らにとっても面倒だったはずなのに、私が調べて納得するまで、じっと待っていてくれた。
わからない単語が出てきたら放置せず、その場でチェックするようにした。そして、それを書き留めておき、何度も自分で使うことで、初めてその言葉が自分のものとなっていった。
新しい単語を1つひとつ辞書で調べ、ボキャブラリーを増やしていく私を見て、ダッドがうなずきながら、よくこう言っていた。
Keep up the good work!
その調子でがんばれ!
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