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 相手からOKをもらえたようだ。永澤が驚きの声で問い返している。その隣で山上も「涙が出るほどうれしい」と喜ぶ。転院搬送の交渉を始めてから、2時間が経過していた。それほどに、一度でもコロナに感染した患者の「治癒後の別の病」を診ようと手を挙げてくれる医療機関は少ない。

 内科的疾患だけでなく、私が取材中は「コロナ治癒後の骨折」さえも敬遠されていた。「転院搬送」に手間がかかるから、そもそもコロナの患者を受け入れられないと判断する急性期病院は多い。

 ベテラン救急救命士の渡部圭介(41歳)も、「最近、医療機関との調整に膨大な時間がかかるようになった」と言う。

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ベテラン救急救命士の渡部圭介さん(著者提供)

「コロナ疑い、コロナ陽性でしたら、ここで診られます。けれども、当院で検査の結果、コロナでない発熱だった、怪我とともに発熱があるなどのケースでは他の病院に転院搬送をしたいのです。が、それがなかなかできません」

 転院搬送の場合は2つのパターンがあり、今すぐ高度な治療を必要とする、二次病院から三次病院への搬送を「のぼり搬送」という。その反対に、緊急治療の必要性が低い患者が別の病院へ搬送されることを「くだり搬送」という。コロナ禍では特に「くだり搬送」に難航した。

「発熱がキーワードで、それがあると受け入れを悩む病院が増えました」と、渡部。

 しかも一般的なERでは、転院搬送の交渉を医師や看護師が担っていることが大半だ。その状況下で患者を次々に受け入れれば、転院搬送調整に時間をとられ、今いる患者の治療が進まないという悪循環に陥る。

 湘南鎌倉総合病院では永澤や渡部のような救急救命士が、その面倒な転院搬送の交渉を24時間体制で請け負っている。彼らの存在が、同院の「救急搬送日本一の受け入れ」に大きく貢献していることは間違いない。ぜひ他の病院も救急救命士を雇用し、活用してほしいと思うが、存在価値が数値では見えづらいのが難点だ。

 その役割を一言で説明するなら、救急救命士は医学的知識をもとに、救急隊、または転院搬送先の医療機関という主に“院外”に対する調整を行っている。救急救命士がいることで、医師や看護師は目の前の患者に集中できるのだ。

第3波、年明けの湘南鎌倉総合病院のER室の様子(著者提供)

 また、同院ERの場合は、救急救命士が救急隊とやりとりをし、何分後にどのような状態の患者が搬送されてくるかという情報を入力して、ER内にアナウンスする。これも「すべての救急患者を受け入れる」同院だからこそ、救急救命士が“受け入れ前提”で話が進められる。だが大半の病院は100%の患者受け入れは行わず、「医師の判断」だ。だからなかなか「救急救命士の活用」に結びつかない。

 まずは病院として患者を受け入れると決める。もし病床がない場合などは診断と初期治療のみ行い、転院搬送を行う。そのために救急救命士を雇用する。そのような「正の循環」が生まれるといい。

徳洲会 コロナと闘った800日

笹井恵里子

飛鳥新社

2022年6月20日 発売