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「それなら一人でする!」創刊38年、1万5000部発行の激アツ雑誌『月刊朝礼』編集部は“朝礼”をやっているのか

「それなら一人でする!」創刊38年、1万5000部発行の激アツ雑誌『月刊朝礼』編集部は“朝礼”をやっているのか

『月刊朝礼』編集部に行ってみた #1

2022/07/09
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下井 板前です。

――板前!? 出版業とはまるで違う道ですね。

下井 そうなんです。私は父を早くに亡くしたので、祖父が父がわりで、小さい頃はずいぶんとかわいがってもらったんです。祖父が亡くなった後、妻である祖母が会社を継いだのですが、この祖母とは折り合いが悪く、しょっちゅうケンカ。

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 祖母からは「お前になんて継がせない!」と言われていました(笑)。それで高校を卒業後、好きな料理の世界に飛び込みました。

「会社を継いでくれないか?」と言われて……

――そこから、なぜ会社を継ぐことに?

下井 修行して10年目、もうすぐ独立だという時に祖母が急に倒れて入院したんです。それで呼び出されて、「会社を継いでくれないか?」と。それまで、一度も祖母に何かを頼まれたことがなかったので驚きました。他の孫もそれぞれ事情があり、継ぐ人がいなくて。

――相当悩まれたのでは?

創刊当初の『月刊朝礼』。当時は裏表紙に広告が入っていた ©杉山秀樹/文藝春秋

下井 まさか、こんな展開になるとは思わず、「一晩、考えさせてほしい」と答えました。母に相談すると、「継いでも何もできないよ。笑われるからやめておきなさい」と反対されて。とはいえ、祖父母が守ってきた会社には社員さんもいる。「それなのに潰してもいいのか?」と……。父と祖父の遺影の前でそんな問答をしていたら、もう泣けてきて。

 そうして一晩中もんもんとしていたら、いつの間にか朝になっていたんです。さんざん泣いたからか、妙にすっきりした気持ちになり、「継がなければどのみち家業は潰れるのだから、ダメ元でとにかく継いでみよう」と腹を括りました。

――おばあ様も喜ばれたのでは?

下井 ええ。翌日、病室に報告に行くと、「よかったー」と今まで見たことのない笑顔で喜んでくれました。その後、数日のうちに息を引き取ったんです。

「うちの会社、朝礼がない!」

――後を任すことができて、安心されたんでしょうね。しかし、これまでとは全く畑違いの業界に入って、しかもいきなり社長です。最初は大変だったのでは?

下井 それはもう(笑)。「やるしかない」と気合いを入れて出社したものの、社員は「はじめまして」の人ばかり。私が全くの異業種から来たのを知っているから、「邪魔だけはせんといてください」という雰囲気でした。ところが数日後、あることに気が付いたんです。

――あることとは?

下井 『月刊朝礼』を作っている会社なのに、「うちの会社、朝礼がない!」って。

――えっ、なかったんですか!?