小咲さんと事務所の関係が悪化する中で、本人や母親から「辞めたい」という相談を受けていたかという質問に対して小口氏は、2022年4月にグラビアイベント会場近くで話し合いをするまで「一度もなかった」と否定した。
「大阪のスタッフが相談を受けたことはあるかもしれませんが、僕に小咲から連絡が来たことは1回もありません。LINEを見ていただいても構いません。お母さんからも、メンバーとの人間関係に悩んでいるという話を聞いたことはありますが、本格的にすぐに辞めさせたいという話は聞いていません。2021年12月の話し合いでは、お母さんも東京に来られて、『続けさせてほしい』と言われました。
短い期間でも面倒を見た子は子どもみたいなものですし、実家の方にいるとまたトラブルが起きる可能性もありました。僕的には彼女は可能性があると思ったので『東京のグループで再チャレンジしてみたらどう?』と提案したんです。それで12月末に何回か東京へ来て、僕が関係者に頭を下げて、1月の頭に東京のグループでデビューが決まりました」
「業務委託なので、僕らからスケジュールの強制はしていません」
小咲さんは「ネコプラ」として活動するために上京して以降、休みがほとんどなかったことも体調を崩す一因だったと話しているが、小口氏は小咲さんの働き方についてこう説明した。
「基本的な活動としてはライブは土日と、平日にも1回くらい。曲もすでに30曲以上あり、ツアーやお披露目のために増やしていかないといけないので、空いた日にグループレッスンがあります。ただ契約形態が業務委託なので、僕らからスケジュールの強制はしていません。メンバーが自主的に『この日練習するのでスタジオを取ってください』と言ってきて、僕らが場所を取る形。レッスンは週に3回くらいだと思います。ライブのスケジュールはある程度任せてもらっていましたが、それ以外はメンバーが自主的にレッスンの予定などを入れていました」
2022年2月に、小咲さんは40度の高熱を出して倒れたことがある。そのときもPCR検査をなかなか受けられず、抗原検査で陰性が出ると熱が下がりきっていない状態でライブに出演することもあった。小咲さんと母親はその対応に不信感を抱いたというが、小口氏はその経緯にも悪意はなかったという。
「あの頃はコロナ感染者が多かった時期なので、病院に行ってもすぐに検査できる状態ではなく、結果が出るまでにも数日待つ必要がありました。それで『一旦抗原検査を受けてみて、陰性だった場合は様子を見てみよう』と伝えました。というのも、彼女は体調不良を訴えて休むことが多くて、周りは疑い始めていた。他のメンバーからも『この子大丈夫なんですか?』とか『また、お客さんとやり取りしているんじゃないですか?』という声がでてきていました。僕としては抗原検査なら薬局で買えるし、早いタイミングでわかった方がいいと思ったんです」