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カレーを作ったつもりが、ヘンテコな煮物に

 私の左脳はかなり損傷しましたが、幸いにも料理の記憶はある程度残っています。30年以上、炊飯器を使わずお鍋でご飯を炊いてきたこともあって、火加減水加減は覚えていたし、朝食のお味噌汁のために、夜、お鍋の水に昆布をつけておくのも問題なくできていました。

 でも、言語療法のリハビリで使うプリントに「塩」と書かれていても、何のことやらさっぱりわかりません。「牛肉があるからカレーライスを作ろう」と思いついても、ルーもなければ野菜も入っていないヘンテコな煮物になってしまいます。

 旦那に相談すると「以前あなたが作った料理ノートを病院に持っていけば?」とアドバイスをくれました。

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 倒れる前に書いていた私の料理ノートには、レシピが絵入りでたくさん書いてあります。

 全粒粉のパンやレバーパテ、蓮根の煮しめ、粕汁、チヂミ(韓国のお好み焼き)、叩きごぼうの胡麻和え、自家製梅干しやアンチョビの作り方など。

 食べ物だけではありません。布のお財布や、布を染める顔料まで、自分で手作りしたものは何でも作り方をノートに書き残しておきました。

「もう読めないのになあ」と思いながらも、ノートを病院に持っていくと、先生方は次々に「すごくていねいに書いてますね!」「わかりやすい! コピーしてもいいですか?」と言ってくれました。

 私のノートは、リハビリにはあまり役立たなかったかもしれませんが、先生方の食生活改善に貢献したはずです。

清水さん手書きの料理ノート(発病前)。

 結局、私が最初の実習で作ったのは目玉焼きでした。

 作業療法室の調理台に行くと、まな板が何本かの釘であらかじめ固定してあって驚きました。まな板が動くと危ないからでしょうね。

 右手がうまく使えない私は、片手だけで卵を割りましたが、うまくいかず、ぐちゃぐちゃの目玉焼きが、作業療法の先生の昼のおかずになりました。

 リハビリ病院の入院期間は最長90日。患者は次々に入れ替わります。私の同部屋のおばさんは事情通で、「隣の病室の男性は糖尿病なんだって。奥様が言ってた」とか「〇〇さん(女性)はご主人が亡くなって、子供もいないから、弟さんに付き添ってもらったみたい」と教えてくれます。