脳梗塞のあと、劇的に変わった私たちの生活。もはや後戻りはできません。
それぞれの人生を生きていくしかないのです。涙と笑いの最終回!(全17回の17回目/#1#2#3#4#5#6#7#8#9#10#11#12#13#14#15#16より続く)

清水ちなみさん ©佐藤亘/文藝春秋

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「雪」という漢字を全然読めない

 2010年1月、リハビリテーション専門病院に転院した私は、およそ3カ月間、週末にふたりの子供に会えることを励みに、土曜日の夜になると自宅に帰り、日曜夜に病院に戻るという生活を送っていました。

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 3月12日(金)、これは言語の先生が初めて「読み」の宿題を出した日です。木、椅子、猫、風呂、手、海、水、髪の8つの単語を読むという宿題でした。これがどれだけ難しいかをご説明したいと思います。

 8つの単語を一音ずつに分けると、き、い、す、ね、こ、ふ、ろ、て、う、み、み、ず、か、み。計14個になります。頭の中でこの一音一音のひらがなのカケラを集めて、ジグソーパズルのピースを正しい位置にハメるような作業をしてから、声に出して練習するという感じなのです。

続きは発売中の「週刊文春WOMAN2022年春号」に掲載中

 2月7日(日)に収録した音声テープを聴いてみましょう。

――この漢字は?

清水 す……、わ、うんと、みえ、ん? かこか。うんと、うんと、みず、じゃない。

 私には「雪」が読めないのです。何回も「き、あ?」「う~き?」「ぐき?」などと繰り返し、なかなか「雪」にたどり着きません。「雪」だけでこんなに時間がかかるのだから「8つの単語の読み」の宿題がどれだけ大変か、おわかりいただけるでしょう。

 週末に自宅で子供たちと一緒に必死に練習しました。ヘレン・ケラーのサリバン先生のように水を触らせて理解させるような訓練が必要かと思いますが、後日、私にとってのサリバン先生が登場します。このくだりは、この連載が本になるときに詳しく書きたいと思います。

 3月半ばのある土曜日、自宅に帰ろうとする私に、作業療法士の先生から宿題が出ました。

「もうすぐ料理を作る実習があるので、何が食べたいか考えてきてください」

 私は、食べるのも作るのも好きなので、自宅に戻るたびに、できる範囲で料理を作っていました。