愛用するガラケーがそろそろ使えなくなるということで、先月、スマホに買い替えようと量販店に行きました。旦那がつきあってくれたので、私はサインをしたり住所を書くくらいでラクチンです。

 でも、カウンターの背の高い椅子でボーッとしていると、聞き慣れた量販店のテーマソングが繰り返し繰り返し耳に入りました。私はたまらなく苦痛になり、外に飛び出したくなりました。(全10回の9回目/#1#2#3#4#5#6#7#8より続く)

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後遺症で音とにおいに敏感に

 広い店内がガヤガヤする感じや、レストランで大きな声が飛び交うのがつらい。以前やっていたフラメンコも、踊ること自体は楽しいのですが、大人数が歌ったり騒いだりしているのはやっぱり苦手です。パーティーはすっかりごぶさたしています。

 くも膜下出血と脳梗塞の後遺症なのか、音に関してかなり敏感になっているみたいなのです。

 音もそうですが、鼻もやや敏感になりました。雨が上がったあとの下水のニオイも我慢できないし、電車でこれはたまらないぞと思ったら、下りて次の電車に乗り換える。人知れず頑張っている私です。

清水ちなみさん ©佐藤亘/文藝春秋

まだ「右」と「左」の区別がつけらない

 この連載が始まってから、早くも1年がたちました。『週刊文春WOMAN』編集部が 「くも膜下出血と脳梗塞の体験談を書いてみませんか?」と私に声をかけてくれたのは2019年秋のこと。

 原稿依頼は久しぶりで、もちろんうれしかったのですが、同時に不安もありました。料理も掃除も洗濯も買い物もできるし、家族との日常会話もなんとかなっていますが、でも、私にはまだ「右」と「左」の区別がつけられません。「おじいちゃん」と「おばあちゃん」も混乱してしまい、いつも「おば……おじいちゃん」と言ってしまいます。

最新話は発売中の「週刊文春WOMAN 2021年 夏号」に掲載中

 クルマの助手席に乗っても、私が知っている道を旦那に伝えるのはほぼ不可能です。「大通りを右、じゃなくて左」。右と左じゃエラい違いです。結局、指さして「こっち」とやるしかありません。

 数ヶ月前に温泉宿に行きましたが、浴衣の合わせが右前か左前かがわかりません。以前は和裁教室で着物を縫っていたのに。

 フラメンコの演舞では大勢で揃えることがありますが、右も左もわからない私に、みんなひやひやしたはずです。フラメンコでは足を踏み鳴らすことがあります。左足は普通に鳴るのですが、鈍くなった右足は音が出ません。