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「あ、ぬ!」「違う。あ、め!」…脳梗塞で失語症になった清水ちなみが「母には絶対内緒に」と頼んだ理由

「OL委員会」の人気コラムニストが忽然と姿を消した理由 #4

2020/10/18

 久しぶりの我が家では、元日のサッカー天皇杯を見たり、ニューイヤー駅伝、箱根駅伝を見てゆっくり過ごしました。

 1月の終わりには、リハビリテーション専門の大きな病院に移りました。

 私を担当してくれる言語聴覚士は、爽やかな女の先生でした。(全6回の4回目/#1#2#3#5#6へ続く)

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リハビリで「雨」「犬」という漢字を覚える

 最初はいつもの言語のテスト(SLTA)。紙に、漢字、ひらがな、数字を書きます。最後はアタッシェケースを取り出し、中に入っている器具を指さして「これは何?」と尋ねます。はさみとか、家の鍵とか日常で必ず使うものです。

 リハビリは一コマ40分。たぶん、全国共通でしょう。

1988(昭和63)年。OLを辞め、執筆生活に入った頃

 まだ時間の概念がしっかりしていなかった私は、リハビリが始まる時刻がよくわからないまま、大きな病院内をフラフラしていることが何度もあったので、「清水さんがいない!」と、看護師さんが大騒ぎして探し回ってくれました。

 言語の先生ばかりでなく、リハビリの先生は皆さん朗らかでニコニコしています。嫌な感じの先生だったらリハビリに行く気が失せてしまうので、明るい雰囲気を身にまとう訓練をしたんでしょうね。

 私が最初に覚えたのは数字です。

 1から10までを覚えるのは本当に大変でした。その後、自分の名前と住所を覚えました。これも、すごく時間がかかりました。

 前号で、自分の名前が記号のように感じられたと書きましたが、自分の名前を書けるようになったいまでも、どこか他人事のような感じがします。あと、数字の概念も完全にはわかっていません。50円とは10円玉が5個であるとは思っていますが、どこかピンとこないのです。

最新話は『週刊文春WOMAN vol.7 (2020秋号) 』に掲載

 言語の先生は優秀な女性で、私ができるかできないかのギリギリを狙ってテストをしてくれました。できなかったことが宿題になるのです。

「雨」「犬」という漢字を覚えるのが、どんなに大変だったか!

「これは何?」

「あめ!」

 これだけのことが言えません。