失語症のないほかの患者さんが手伝ってくれて、私が大声で「あ、ぬ!」というと、「違う。あ、め!」などと、特訓してくれました。
土日の二日間、家に戻って子どもたちと練習して、ようやくモノになる感じでしたが、今から思えば楽しかった。子どもたちも結構スパルタで「もう一回、やってごらん」と、楽しんでいましたから。
旦那へのサプライズ電話作戦!
そんな頃、私はあることを思いつきました。三月の終わりには旦那の五十歳の誕生日があります。若く見られたい旦那は「あーあ、五十歳かよ。イヤだなあ」と気にしていたので、病院から電話をかけて、からかってやろうと思ったのです。
俄然やる気になった私は、ひとりで作戦会議。まずは病室で、置いてあるガラケーを眺めます。ぜんっぜん使い方がわかりません。これは無理です。
では電話ボックスはどうでしょう? 私はテレフォンカードを持っています。もしかしたらできるかも。試しにやってみると、カードは無事に入ったものの、そのあとがわかりません。
言語の先生や運動の先生、病室の患者さんなど、いろいろな人に質問するうちに、電話の仕組みが少しずつわかってきました。
最後の難関は、家の電話番号を間違えずに押すこと。視野が欠けているために、プッシュボタンの数字が見えないのです。私はゆっくり、一個ずつじゃないと押せないのに、ちょっとグズグズするとすぐに切れてしまいます。何度か練習を重ねて、とうとう旦那の誕生日の朝に、電話をかけました。
無事に自宅の電話番号を押し終わると、すぐに旦那が出ました。
「はい、もしもし」
「……ご、ご、50!」
旦那は、子どもたちの朝ご飯を作っているところだったそうです。
当時の話を旦那に語ってもらいましょう。
「すごいインパクトがあった。まだ、あなたが電話をかけるのはとても難しいはずなのに、どれだけ頑張って公衆電話でかけてきたかと思うと、感動したけど、同時に、ああこの人は、昔から、くだらないことに情熱をかける人だったなあと、膝が砕けた」
私は大満足でした。