くも膜下出血の手術前日、これから書く〝代表作〟のためにと言って、旦那は私との会話を録音し始めていた。(全12回の11回目/#1#2#3#4#5#6#7#8#9#10より続く)

清水ちなみさん ©佐藤亘/文藝春秋

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録音しておけば何かの役に立つと思って

 先日、ウチの旦那が仕事部屋を片づけていたところ、「ちなみ1」「ちなみ2」「ちなみ3」と書かれた3本のカセットテープが出てきました。

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 旦那が闘病する私にインタビューした録音が残っていたのです。

 日付は2009年12月3日から翌2010年2月7日まで。くも膜下出血の手術の前日から、脳梗塞が起こり、約2週間の集中治療室を経て、ひどい失語症が少しずつ回復しつつあった2カ月後までにあたります。

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「どうして録っておいたの?」

「あなたは書く人だから、録音しておけば何かの役に立つと思って」

「だったら、この連載が始まる前に聞かせてくれればよかったじゃない」

「ごめん。すっかり忘れてた」

 用意周到なくせに、極端に忘れっぽい。そんな旦那に呆れながら、私は古いラジカセのスイッチを入れました。

 失語症になる前の自分の声を聞くのは、懐かしいような、初めてのような、私では無いだれかが喋っている不思議な気持ちになります。

 

手術を受けることを決意

 2009年の11月22日に激しい頭痛に襲われた私は、11月27日に大きな病院でくも膜下出血と診断され、緊急手術の準備が整っていたにもかかわらず、手術を拒否して帰宅。

 その後も、頭痛と首の後ろの痛みは以前ほどではありませんが、ずっと続いていました。

 しかし12月3日、昔から知っている信頼できるお坊さんみたいな先生に電話で相談したところ「手術を受けた方がいい」と説得してくれたこともあって、私は手術を受けることを決めました。

 録音はその日の夜から始まっています―。

旦那 先生と話してどうでしたか?

清水 「手術を受けることにしました」と言ったら、「ああ、よかった」って。「どうやって説得しようかと思っていたんだよ」って。

「昔と今が一番違うのは医療だ。医療が発達したのも神様がやったことだから、それを使わない手はない」って。