脳疾患には「6カ月の壁」というものがある。発症から6カ月を過ぎれば、以後、大きな回復は望めないというのが定説なのだ。だから入院は90日間しか認められなかった。(全16回の16回目/#1#2#3#4#5#6#7#8#9#10#11#12#13#14#15より続く)

清水ちなみさん ©佐藤亘/文藝春秋

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お茶も淹れられず、缶切りも使えない…訓練の日々

 理学療法は、身体の運動機能を回復させるためのもの。訓練の内容は患者の状態によって異なります。

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 右上下肢不全麻痺とはいえ、足の麻痺が比較的軽かった私は、自転車エルゴメーターという固定された自転車を漕ぐことから始めました。ほかにも、バランスボールに乗ったり、縄跳びをしたり、右手で雑巾を持って拭いたり、両手を使って服を畳んだり、階段を上ったり下りたり……。しばらくすると、階段の一段飛ばしもできるようになりました。

 ウォーキングマシン(トレッドミル)も使いました。たぶん医療用のもので、角度を調整して坂道にしたり、速度を速くしたりすると、足にかかる負荷が重くなりました。

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 同じ病室の奥さんは、私がウォーキングマシンに取り組む姿を見て、「本当に羨ましい」と言っていました。脳卒中の患者は、たいてい足が悪くなり、杖で階段を上り下りするのも大変だからです。

 作業療法は、食事や洗濯など、日常生活の動作ができるように訓練するものです。

 たとえば、穴に入っているボールを指でつまみ上げて、違う穴に入れる。右手がうまく動かない私にはとても難しかった。目をつぶってザラザラとツルツルの板を右手で触って判別するのも全然できません。お茶も淹れられず、缶切りも使えません。

 こんなこともできないのか、と呆れましたが、ベッドから起き上がれないような重症の患者さんを見ると、自分は軽い方なのだな、と思い直しました。

 服の脱ぎ着や、お風呂の入り方の訓練はありがたかったです。

 Tシャツの着替えは、両手首をクロスして裾を持ち、そのまま腕を上げれば、すぽんと脱げる。作業療法士の先生が両端にゴムの把手を縫いつけてくれたタオルを使い、ゴムを手にひっかけて持てば、右手でタオルがうまく握れなくても、お風呂で背中をひとりで洗えます(左上写真)。

 両端にゴムの把手をつけたタオル。現在、洋裁を習う清水さんがミシンで縫い、使い方を教えてくれた

 練習の後は実践です。お風呂は週に一度、金曜日と決められています。入浴時間はひとり40分。ひとりが出れば、看護師さんがお湯を抜き、掃除してお湯を入れ直すのですから大変な作業です。

 一度、私の前の時間に入ったおじさんが長湯したせいで、私の時間が20分しかなくなってしまい、抗議しようとしたのですが、言葉が出てこなくて腹が立ったことがありました。