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「看護師さーん、200円あげるからきてー」と…左脳の4分の1が壊死した私が体験した、カオスすぎる入院生活

「OL委員会」の人気コラムニストが忽然と姿を消した理由#13

2022/02/03

 くも膜下出血の手術後に脳梗塞を起こしてから20日あまり。

 うまく言葉を発することができない私の口から小2の娘と中1の息子の名前がこぼれ出た。(全13回の13回目/#1#2#3#4#5#6#7#8#9#10#11#12より続く)

清水ちなみさん ©佐藤亘/文藝春秋

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脳梗塞で左脳の4分の1が壊死、ひたすら寝て過ごす日々

 2009年12月4日にくも膜下出血の手術を受けた私は、手術箇所とはまったく別のところで脳梗塞を起こし、左脳の4分の1が壊死してしまいました。

 手術の6日後、人工呼吸器を外し、初めて話ができるようになったとき、私は失語症になっていて、語彙は「お母さん」と「わかんない」のたった2語しかありませんでした。

 当時、私がいた集中治療室は、小学校のクラス2つ分くらいの大きさで、多くのベッドが並んでいました。天井はやや高めですが、ベッドのひとつひとつに、人工呼吸器やら、点滴やら、血圧や酸素の量や心臓の鼓動を測定する機械やら、尿を導引する器具やらがたくさん置かれ、どの機械も忙しく働いていて窮屈そう。

 一方、そこに寝かされた患者たちは、当たり前ですが、私も含めて元気がない(笑)。みんなボーッとしています。

 朝の歯磨きが終わると(右手がうまく動かせないので左手でやりました)、もう私にはすることがありません。声は出せますが、点滴や導尿管がつながっているので手も足も動かせないし、視界がぶれて物が二重に見える。

 結局、身体を休めるためにボーッとしてるしかないんですね。ひたすら寝て過ごしました。

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ヘアブラシが目に留まり「これは私のだ!」

 あるとき、ふと黄色と黒のヘアブラシが目に留まりました。

「これには見覚えがある。これは私のだ!」

 左脳を大きく損傷した私は、かなりのことがわからなくなっていました。自分が自分であることはわかる。でも数字も、時計も、言葉も、常識もわからない。少し前までは2人の子供を育てながら、沢山の原稿を書いていた私が、ほとんど赤ちゃんのような状態になっていました。

 でも、面会にきてくれた旦那の顔は覚えていたし(目は4つあるように見えましたが)、ヘアブラシが自分のものであることもわかりました。私の中に、過去の記憶が残されていたということです。自分を見つけたようで、ちょっと感動しました。