遺言書の「付言」とは、故人が家族に対する気持ちなどを書いたもの。法的効力はないが、相続人が付言を読んで故人の思いを汲み取り、相続を円滑に進めるために有効とされている。
父親が書いたこの付言は、母娘が仲良く暮らし、母親を看取って欲しいと長女に託した内容で、ごく自然な気持ちが表れている。
しかし逆効果だった。遺言書を見た長女は財産がもらえないことを知って怒り、押印がないことに気づいて『無効だ』と騒ぎ出したのだ。
「援助してもらったことはない!」
長女が離婚して実家に戻る時、父親は多額の金銭援助を行った。付言にもそのことが書かれていたが、長女は『援助してもらったことはない!』と言い出す始末だった。
この相続を担当した杉江延雄税理士が振り返る。
「母親が亡くなれば長女が財産をすべて相続できる。母親は高齢でそれほど先のことではありませんが、長女は待てませんでした。父親の財産を当てにして、父親が亡くなる前から計画を立てていたようです。そして『私は父親の面倒を看た』と都合よく考えていました」
母と娘は話し合いを続けても埒が明かず、母親はとうとうノイローゼになったが、長女は構わず裁判に訴えた。
「その結果、長女が家を出ることを条件に、母親が長女に2000万円渡すことで決着しました。長女が法定相続で得るよりも多い金額です。母親が相続した大半は父親の持ち家だったため現金が足りず、生命保険を解約し、貯金を切り崩して工面せざるを得ませんでした」(同)
親子の争いはまだマシ
なお、この父親の遺言書に押印がなかったように、自分で書いて保管しておく自筆証書遺言は、他にも「日付が間違っている」などの不備を原因として無効になることが多い。
「しかし……」と杉江税理士が続ける。
「この母親と長女は、遺言書が有効であっても揉めたでしょう。長女が父親の財産を当てにしている限り、事前に対策を採っていなければ、母親にできることは何もありません」
それでも親子の争いはまだマシだという。