この日は「9番・三塁手」として先発出場していた。チャイニーズ・タイペイの先発は、かつてニューヨーク・ヤンキースで活躍し、2006年にはアジア人で初めてMLB最多勝を取ったこともある王建民。独特のカットボールをなかなか打てず、2点のリードを許す苦しい試合展開だった。逃げきりを図るチャイニーズ・タイペイに対し、ようやく8回表に追いついたものの、その直後に再び突き放され、日本代表は追い詰められていた。
1点を追う9回表一死。マウンドには抑えの陳鴻文。なんとか塁に出ようと打席に入ったところ、一度もバットを振ることなく四球で出塁することができた。
一塁に歩きながら、試合前のミーティングを思い出す。
「抑えの陳鴻文はクイックが遅い」
「けん制球は1打席中に1回だけ」
打者は長野久義選手、ホームランで逆転の可能性もあるから、自分から動く必要はないなと思った初球、長野選手がセンターフライに倒れた。
「けん制球が1回きたら、盗塁をしかけよう」
「クイックは何秒でしたか?」
一塁ベース上でランナーコーチの緒方耕一さんに、クイックの速さを確認する。二死と追い込まれはしたが、この一球で陳鴻文のクイックモーションが情報どおりだということは確認できた。
続く打者は井端弘和さん。とても調子がよくて、この試合でもすでに2本のヒットを放っていた。ヒットならいくらでも打てそうな感じだったので、二塁に行けば1点が取れる、と思った。ベンチからの指示は「行けたら行け」という、いわゆるグリーンライト。
「けん制球が1回きたら、盗塁をしかけよう」
心のなかで、そう決めた。井端さんが打席に入り、1球目を投げる前、いきなりそのけん制球がきた。自分に課した条件が整ってしまった以上、もう余計なことを考える必要はない。リードを取ったあと、気配を悟られないように気をつけながら、左足で何度も足元を掘って体勢を整える。ピッチャーの足が上がった瞬間、迷いなく二塁へスタートを切った。投球はど真ん中だったが、井端さんも自分がスタートを切ったのを見て、ハッとして打つのをやめたそうだ。
スタートはうまく切れたのだが、思っていたより足が動かない……。代表チームで慣れない二塁手や三塁手を任されて、いつもとリズムが違ったからなのか、アウトになれば試合は終わりというプレッシャーからだったのか、動かない足を懸命に動かした。焦ったものの、間一髪セーフ。絶対に失敗が許されない場面で、なんとか二塁を陥れた。